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クリスマス編 4 親友

「ねぇ、シュウ君はクリスマス、プレゼント何をお願いすんの?」 「俺? 俺は、決ってんじゃん。この前出たばっかのゲーム! それ一択!」  ゲームか、それなら枕元に置いておけるもんね。 「お前は? 葎、プレゼント」 「んー」  僕のはね、入らないんだ。だからサンタさんは困ってしまうかもしれなくてさ。 「何が欲しいの?」 「欲しいのは……」  大きくて、運んでもらうのは少し申し訳ない気がするんだけどね。でもでも、やっぱり「欲しい」のは――。 「うーん……」  どっちがいいだろう。やっぱり迷っちゃうよ。  OB会の前に買いたかったんだけど。時計を見るとまだ時間に余裕はあるけれど、でもたくさん迷っていたら、間に合わなくなってしまうかも。  何せ、子どもの頃はここから学校までのバスで車酔いしてしまったほど学校までは遠いから。  デパートの紳士服売り場。クリスマス直前ってこともあって、売り場はどこもすごく混んでた。レジでもなんでも人が溢れかえっていて、少しびっくりしてしまう。学校は駅からバスに乗って通っていた。その駅にある百貨店デパートは高校生くらいになればちょくちょく寄り道してたし、馴染みの場所だったけれど。もう向こうでの穏やかな生活に慣れちゃってて、人の多さに面食らってしまう。  もう半年以上、向こうで暮らしてるんだもんね。そりゃ向こうの、海辺ののんびりとした生活のほうが馴染んじゃうよね。  それでも人だかりの中で負けじとネクタイを選んでた。  緑色なら、この模様が細かいのがいいなぁ。深いエメラルドグリーンがとても綺麗だし。  でも、こっちの青も捨てがたくて。青なら、隣の棚にあった滲んだような模様のが綺麗だし。 「プレゼント用にお探しですか?」  迷っていたところだった。  ちょっと値は張るけれど、先生のあの魔法のような指には触り心地の良いものが合うと思うから、何度も指でなぞってはまた悩んで。 「あ、えっと、はい。プレゼント、なんですけど」  先生の指先が気持ちイイって思うのはどっちかなぁって。  ぐらぐら揺れるバスが苦手だった。体調が優れない時なんてもう最悪。学校はまだ見えないのかって、真っ直ぐ前ばかり見てたっけ。  少し大人になったのかな。  今はちっとも酔わない。とはいえ、スマホを眺めるのはちょっと具合が悪くなりそうで怖いから、ずっと外を眺めてた。 「……」  あそこは春になると桜が綺麗なんだよね、とか眺めながら考えて。数学準備室からもとっても綺麗に校庭で咲く桜が見える。先生は窓を開けておくのが好きで、迷子みたいにさ、桜の花びらが入るんだ。難しい本の山の中に迷い込んでくる桜の花びらを掴まえては先生に見せてたっけ。夏は涼しいバスの中から暑そうな外を眺めて、今日は体育だなぁ。先生は数学の先生だから体育みたいなの、外でやらなくていいから羨ましいなぁって思ったり。秋は紅葉が綺麗で、それを先生に言ったら、お前のほっぺたも真っ赤だなって笑われたり。冬は道路の端に詰まれた泥混じりの雪の高さを見て、校庭の、誰も踏みしめたことのない雪に足跡を残そうと決心してみたり。あ、あと、雪だるまを作って先生に届けて、窓際をびしょ濡れにしたこともあったっけ。  あの時の先生は困ってたけど。  ――何してんだ、まったく。  そう笑ってくれた。 「……」  あぁ、会いたくなっちゃった。  まだOB会どころか学校にも到着してないのに。 『次はー……次はー……』  目を閉じて、季節ごとの先生を引っ張り出しては揺られる車内を一緒にやりすごしてた。途中からバス酔いなんてそっちのけで、先生に会いたくなっちゃったけれど。  でも、ようやく学校だ。  少しへんぴなところにある。  少しバス通学が難点だけれど。  でも、そのおかげで恋を覚えた、俺の母校に。 「……」 「お前、まだバス酔いすんの?」 「……シュウ」 「よっ」  夏は両親に顔だけ見せに帰っただけで、すぐに戻ってしまったから、会わなかった。だから、シュウに会うのは半年振り以上。 「スマホで何度か連絡取ったんだけど、ちっとも出ないから、また酔ってんのかと思った」  少し大人びた感じ。大学でもサッカーを続けてるって言ってた。初等科から参加できる部活のコーチも兼任してるって。  もう十二月なのに真夏のように日焼けした肌、短い髪、それに信じられない。また背が伸びたんじゃない? なんか、ちょっと視線の位置が高い気がするんだけど。 「お前……縮んだ?」 「は? シュウが大きくなったんじゃん」  ニヤリと笑う顔は変わらなかった。 「お前はあいっかわらず、真っ白だな」 「そ? これでも海辺で暮らしてるから日焼けしたんだけど。シュウが焦げすぎなんじゃん」 「焦げ、って失礼な」 「海辺の日光ってハンパないんだから」 「元気にやってんの?」  口調も変わらない。 「やってるよー」 「ふーん」  そして、距離を保ったまま、ふんわりと見守ってくれるのも変わらない。 「二人で元気にやってる」 「ふーん」  俺の恋をたった一人、幼い頃からずっと応援してくれる。 「あ、それでさぁ、OB会なんだけど。これプログラム」 「ぇ? 今渡すの?」 「おー。早く済ませちまおうぜ。そんで、終わった後の打ち上げを華麗にスルーして解散」 「……でも、久しぶりに飲みって」 「早く帰らないと向こうまでの電車がなくなっちまうかもだろ? 早く帰りたいだろうし。またそのうちは。その魚がうっまい店案内してくれるんだろ?」  たった一人、俺の考えてることを全部わかってくれる。  たくさん歳が離れてる。同性。先生と生徒。何から何まで、いかがわしくて、いけないことで。身体の関係は淫らで不純で汚らしい。 「それに未成年で、酒大好きな教授たちの打ち上げ混ざったってダルいだけだろ」  でも、俺にとっては透き通るほどに綺麗で、季節の移り変わりと同じくらいに儚げで愛しい初恋。 「そうだ。葎」 「?」 「お前は相変わらず、先生のこととなるとホント、すげぇわかりやすいな。おもしれぇ」  ただ一人、その初恋を見守ってくれる、俺の親友。

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