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クリスマス編 5 強い人
なんだか不思議な気がした。一年前はあちら側にいたのに。
「私は、今、外部の大学に通っています」
濃紺色のブレザーにネクタイ。あの中に座ってた。
「三年生はすでにもう進路が決っている方が大半だと思います」
遠く離れた、海の見えるあの家で暮らす先生のことばかりを考えた。まどろっこしくて仕方なかったっけ。クリスマスに泊りがけで先生のところに行きたかったけれど、終業式もあったし、旅行でもないのに高校生が外泊するにはちょっとクリスマスっていうの肩書きが邪魔だった。シュウにも協力はしてもらっていたけれど、そうしょっちゅうはさ。
「二年生においてはこれから受験を控えて……」
二年生の時はもうそれこそ、ね。
先生への片想いが膨らんで、膨らんで、大変だったっけ。
「外部の大学に通いながら思うことは……」
タイムスリップはできないけれど、もしもできるなら、教えてあげたいなぁって思うよ。君がずっとずっとクリスマスに欲しかったものを今、十九歳の俺はね――。
「……とてもよかったと思っています」
――今から帰ります。電車まだあるから大丈夫だよ。
そう先生にメッセージを送っておいた。土曜の特別授業枠でのOB会だったから、打ち上げに行かないのなら、そう遅くはならないんだ。先生も冬休み前の準備に忙しそうだったから、まだ学校にいるかもしれない。
「お疲れー!」
シュウはそのままエスカレーター式で大学に行ったから、けっこう質問されてた。それにこっちの学校にもコーチとして来ていることもあって顔見知りが多いようで、人に囲まれて少し大変そう。
「お疲れ。シュウはまだ残ってく?」
「いや、俺も帰る。っつうか、このままいたら絶対にとっ捕まるだろ?」
「あはは、シュウは顔が広いもんね」
サッカー部関係、クラス関係、委員会関係、とにかく友だちが多くて、一緒に歩いてるとあっちこっちから声がかかってた。
「そうか?」
「うん。大人気じゃん。すごいなぁっていつも思ってたよ」
「……俺は、お前のほうがすげぇって思ってたよ」
「え?」
その時だった、また生徒が数人シュウを呼び止めて、名刺をもらっていく。SNSとかもやっているし、ブログもやってるから、何かあればそっちから質問してくれって、人当たりのいい笑顔で受け答えをしていた。
「わり。足止めた」
「ううん」
たまに、どうしてシュウは俺をかまってくれるのだろうと思うことが、何度かあった。
人気者で友だちが多くて。俺は友だち多くないほうだし、人気……なんてものはなかったし。
そんな俺なのに、シュウはさ。
ちょっと俺にだけ違ってた。にっこりと優しく微笑んで、いつだって神対応の誰にだって平等に優しい人気者のシュウじゃなくて。なんか、普通なんだ。笑った顔も、文句を零すへの字口も、何もかも、普通でさ。
「さっきのさ、葎のほうがすげぇって言ったのさ」
その普通はとても特別な友だちにしか見つけることのできないものだと思った。
「俺は葎に憧れてんだ。いつも、真っ直ぐ、一つだけを強く貫く。フラつきもしないし、揺れることもない。迷わず、ただ真っ直ぐに。それは誰よりも強いと思うから。すげぇ……って、憧れてる」
「…………は? な、な、何言って」
「こいつ、最強っていっつも思ってたんだよ」
「最強って、俺が?」
「そう。泣かないし、へこまないし、落ち込まない」
何そのスーパーヒーローみたいに強そうな人。もちろん、俺はそんなのからは程遠いし。
「あと、無自覚こえぇって、久しぶりに思ったよ」
「は、はい?」
折り曲げた指先で口元を隠しながら、シュウがクスクスと笑った。
「覚えてねぇ? そんなお前がさ、一回、泣いたんだ」
クリスマスの話をしていた時だった、突然、話題に割り込んできた同級生。サンタなんているわけないと鼻で笑って、俺のことをからかってきた。
「そん時はいつもどおりのお前だった。泣かない、へこまない、落ち込まない」
「……」
「けどさ、先生の顔を見た瞬間泣いたんだ」
「……」
「つえぇって思った」
正直、わけがわからないよ。それはどう考えたって弱い子ども。けれど、シュウは笑いながら、その当時のことを思い出して目を細める。
「俺は、好きな人にさ、フラれるのビビって素直になれないから。お前、ビビりもせずに真っ直ぐじゃん? すげぇって」
俺は、全然――。
「そんで! その無自覚さな。鈍感だしさ」
「?」
「だから、ほら、俺が先生がいない間のボディガード役をしてやる」
何言ってんの、って思った。けれど。
「渡瀬葎!」
フルネームなんて呼ばれてびっくりしたんだ。ハッとして、振り返るとちょうどOB会で集まった同期のうちの一人が追いかけてきてた。
「渡瀬葎」
そうまた呼ばれたけれど、実は、俺、名前を覚えるのって苦手なんだ。その、だから、えっと。
「お前、このあとの打ち上げ行かないのか?」
えっと、名前は。
「その、久しぶり」
名前って。
「打ち上げ、行くんだろ?」
なんだっけ。君の名前は、ごめんなさい。覚えてない。でも、それには行かない。
「ごめん。俺、もう帰るから」
「ぇ……」
「そうだ」
名前は覚えてないけれど、覚えている。そこまで、もうシュウが思ってるほど、無自覚でも鈍感でもないんだ。
「サンタ、いたよ」
「……」
「いたんだ。良い子にしてたからもってきてくれたよ? 一番、欲しいけど、手に入らないと思ってたものを、ちゃんとくれた」
「……」
「さようなら」
恋を知ったから、欲を知ったから、わかるよ。
「やっぱ、お前は最強だよ」
「そんなことないよ……ただ」
自分に向けられる視線にそれが混じってるかどうかなんて、すぐにわかるんだ。俺が一番それを孕んで、愛しい人を見つめてるからさ。ある意味同類っていうか。
「ただ、強くならないと、あの人、手に入らないから、ぁ、嘘……先生だ」
誰かに嫌われることを、誰かに汚らわしいと烙印を押される覚悟をしてないとあの人は手に入らないから。
先生を欲しがる悪い生徒は強くないと、でしょう?
「せんせー!」
大きく手を振ると、先生が歩きだ出してしまう。慌てて追いかけて、数歩、振り返るとシュウが笑っていた。
「シュウ! 乗ってかないの?」
「いや、いいよ」
「けど」
「またな! 葎」
人気者は大変だ。さっきから、スマホなんだろう。シュウのズボンのポケットが時々鈍い振動音を響かせていた。
「うん! またね!」
シュウは笑って、手を振って、寒そうに肩を竦めながら校舎へと戻っていった。
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