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第5話
…━…‥・‥…━…
春 川
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ヒミズさんはモールの最上階より一階下の、薄暗い、出入りしにくそうな一番角っこに車を止めた。
モールに来るとは。もっと、市場 的な、食材の卸問屋的な専門店街へ行くものなのかと思っていた。
『専門店が多いので、買い出しはここで十分です。』
駐車場に入る前にそう言われた。
螺旋をいくつもぐるぐる回り、わざわざ入口から離れたこんな場所に駐車するなんて。さすが、人嫌いのヒミズさん。平日の午前中だからこんな上まで来なくてもいいのに。しかも、入り口からも遠く離れたこんな場所に。
それともあれかな。この黒塗りの高級車に傷をつけられることを恐れているのかな。…まさかね。
まあ、そんなことはどうでもいいのだ。
なにしろヒミズさんと、…二人っきりでお買い物。
いかん、ウキウキしてるな俺…
だめだ。これは大事な勉強の一環なんだから。ヒミズさんの役に立つ人間になるための、大切な一歩。
今度はもっと早起きをして、食材を仕入れるところにも付いて行こう。
車のまわりはがらんとしている。人ひとり、どころか、車も一台もない。
車が完全に停車して、ヒミズさんがシートベルトに手をかけるのがわかったので、俺も(ヒミズさんにそっと見とれていたのがばれないうちに)さっとベルトを外し、外に出ようとドアノブに手をかけた。そのとき。
「春川。」
名前を呼ばれて反射的にヒミズさんを振り向くと、ヒミズさんは運転席から身を乗り出して俺のほうへ向かってきているところだった。
……え?
俺が意識する前に、ヒミズさんはセンターコンソールを超えてどんどん俺に近づいてくる。表情は相変わらず読み取れなくて、ポーカーフェイスのまま、ただじっと俺だけを見ている。
軽く押されて肩がシートに付く。
きれいな顔が近づいてきて…
ヒミズさんの瞳に俺の目が映った。
俺の目は、不思議なものを見るようにじっと見開かれている。
ヒミズさんが瞳を閉じたので、俺の目も消える。
やがて鼻が触れ、…俺の唇に、ヒミズさんの唇が触れた。
――えっ!
ヒミズさんの柔らかな唇が俺の唇に重なっている。あたたかい…
けど…
えっ!?
どうしたんだ!?
潔癖症のヒミズさんが、俺に、キス!?
俺は今頃になって激しく動揺し始めた。し始めたけど、…すぐに思った。
これは、チャンスだ!
ヒミズさんを食べる、チャンス!!
「――ふ…」
夢かと思い、左手の指先でおそるおそるヒミズさんのうなじを触ってみたら、ちゃんとあたたかくて弾力のある硬い肌が手に触れる。やわらかい髪の毛も。
「は」
チャンスだ!またとない機会に違いない!
そう思ったら居ても立ってもいられなくなった。
体を完全にヒミズさんの方へ向けて、片足を助手席の上にあげ、両手で、逃げ出さないようにヒミズさんをホールドする。うなじと、腰のシャツ。
ヒミズさんは俺にまだ優しいキスを落としてくれている。
…でも、店長のに比べたら、ぜんぜん物足りない!
ヒミズさん俺もう、子供じゃないんですから!
俺の方から舌を求めるなんて、はしたない行為だと思ったかもしれない。でも、かまうもんか!
(これがヒミズさんとのファーストキス!)
噛み付くようにヒミズさんを求めていたらブルゾンの下からヒミズさんの手が入って来た。
「ふッ…ン…」
思わず吐息がこぼれ出る。
ヒミズさんが俺の肌に触れている。素手で。
…たまらない。
ヒミズさんの滑らかで極上な舌を味わいながら俺もブルゾンに手をかける。下のネルシャツのボタンも一気に外してはだけさせた。
ヒミズさんのシャツのボタンに手をかけようとして、ヒミズさんがコンソールを完全に超えて俺の上に覆いかぶさってこようとしているのがわかった。
「…あ、む……」
リクライニングレバーに手をかけようとしている。
待って。待って!ここ狭い!俺と違ってヒミズさんはでかいんだから無理だと思う!
靴を蹴るように脱ぎ落として、ヒミズさんの唇を求めつつ、軽く押すようにヒミズさんの体を離した。
ヒミズさんの瞼が薄く開く。
瞳、少し潤んでいる。
吐息が少しだけ荒い。
――こっち…!
ヒミズさんの体をすり抜けるようにしてコンソールの隙間からリアシートへ移動する。
キスを続けながら無理やり動いたせいで俺もかなり息が上がっている。
ヒミズさんが前に乗っていた車は2ドアのコルベットだった。人嫌いだから、店長くらいしか乗せるつもりがなかったんだろう。
でも俺が来てしばらくして、4ドアのアウディに乗り換えてくれた。店長は助手席に座るのが好きだから、3人で乗る時はリアシートが俺の定位置。
ヒミズさんはまだ助手席にいてじっと俺を見ていた。
ああ、わかんないのかなあ。こっちでやろうよ。俺の定位置。
少しだけ首を横に倒し、あざとくも、シートに肘をつけてネルシャツからちらっと胸をさらす。
ヒミズさんが動いた。
シフトレバーを引いて助手席を前へ倒すと、背もたれをゆっくりと乗り越えてくる。
もどかしさを覚え、シャツを掴まえて軽く引くと、次の瞬間急にスピードを上げて、覆い被さるようにして俺の首筋に噛み付いた。
「…っ」
ため息を飲み込むとヒミズさんは俺の首筋をついばみながら下へおりていく。
ヒミズさんの唇がすべるだけで肌に何万回ものキスを与えられているようで、肌が内側から刺激されてじわじわと熱を持つ。
胸をはだけられて、ヒミズさんの指が滑る。胸の横から腰まわりを撫でおろされると
「ア、ッ」
意識外から声が漏れ出た。
舌に鎖骨を撫でられて、すぐに、胸にある右の突起をくすぐられるようになる。
「……っ!」
――だめ!
俺が上!
俺が舐めたいの、食べたいの!
ヒミズさんの舌を左手で制そうとして、その指がヒミズさんの長い指に掴まってそこにも舌が触れる。
ズルイ!ヒミズさん、俺もそれやりたい!!
右手に思い切り力を込めてヒミズさんの左肩を押した。
ヒミズさんの指から左手を振りほどくと、ヒミズさんが少し俺を睨んだ。かまわずに、今度は両手でヒミズさんの肩を押す。
胴体を押しのける勢いで、右手でさらに肩を押す。
すると、ようやく見て取れたヒミズさんの『戸惑い』の表情。
ヒミズさんは腰をわずかに後退させた。俺が嫌がっていると思ったんだろう。
――ちがうの!
こうしたいの!
ヒミズさんを横に転がすようにしてリアシートの背もたれに押し付けると、俺は体を一気に起こして腰を反転させ、今度はヒミズさんをねじ伏せ、抑え込みにかかる。
俺は必死だ。ヒミズさんを食べてみたくて仕方がない。
ようやくヒミズさんの背中をシートの上に沈められた。
ヒミズさんが少し体を上へずらす。
――逃がすもんか!
そのまま覆い被さって、目を閉じ、ヒミズさんの唇に俺の唇を重ねる。思い切り舌を吸うとヒミズさんの口がちょっと淫らな音をたてた。
いやだったのかヒミズさんが唇をずらそうとしたので、それを追いかけて左手で頬を引き戻してまた舌を求める。
そういえば俺って、こんなふうに自分からすすんでキスを求めたりすることは、なかった、かも。たいがいしてもらうほうで…
キスの時に瞼を閉じるのって、相手の内部の体温や湿り気や質感なんかを最大限に感じ取ろうとしたいからなんだ。
相手に、同時にわかってもらいたいから。同じ器官で。温度や触感で。
俺の気持ちや感情を、視覚以上の方法で、伝えたい、わからせたい。
敵じゃないよって。
あなたのこと、大切に思っているって、そう、わからせたいから。
そっと目を開けるとヒミズさんと目が合った。
「…ふふっ」
唇を離して思わず笑ってしまった。なんだよこの人、目、閉じないの?わかってよ俺の気持ち。わかろうとしてよ。
俺はわかってるのに。
――ほんとはめちゃくちゃ… …感じたいんだって。
ヒミズさんの腰に乗ったまま半身を起こして、来ていたシャツを全部取り去った。
エンジンを切ったばかりの車内はまだあたたかい。いや、俺が熱くなりすぎているのかもな。
窮屈そうに折り曲げられたヒミズさんの足にもたれるようにして、ヒミズさんを見下ろす。
ああ、俺いま、すごい悪い顔してるな。
だって、はだけたシャツからのぞく肌、最高においしそうなんだもん。
――いいんでしょ?
今日は何をしても許すつもりなんでしょ?
だって今日は、俺の誕生日 だもん。
ね?
少しかがんで、ふたつの手のひらで胸に触れ、広げるようにしてシャツを開く。
と、ヒミズさんはまた少し動いた。
逃げたくなった?
だめ。じっとして。
睨み返すと、ヒミズさんは観念したみたいにじっとした。
ため息をついて、怒ったふうに俺を睨んでいる。
…でも、それ、『照れ』でしょ。
だって顔が、耳まで赤い。
『照れ』ている。
今ならわかる。俺、もうわかっちゃうんだ、ヒミズさん!
――見せて。
もっと見たい。ヒミズさんの、全部。
知りたい。
わかりたい。
俺がそう思っていることを、わからせたい。
ヒミズさんの体はとてもきれい。
動かずにいるとまるで人形みたい。
引き締まったなめらかな肌の真ん中に、少しだけとくとくと動いているところがある。
左の人差指で触って、指先で軽く撫でながら、気づくと唇を寄せていた。
いい匂い。
たまらない。
唇をつけ、そっと舌を伸ばすと、ヒミズさんの肌がかすかに揺れた。
――ここから食べてもいいですか?
唇と舌で愛撫しながら、歯も、少し立ててしまったかもしれない。
残りのシャツのボタンも外してしまって、レザーのパンツに手をかける。
ヒミズさんに動きは無い。てんぱってるのか余裕なのかわからないけど、いやがってるふうでもないみたいだから、いいってことだよね。
ヒミズさんは少しだけ下がって、ドアを背にして体を少し折り曲げる格好になった。
顔を見なくてもわかる。俺の好きにしていいという許可が下りたんだ。
ヒミズさんの左足はリアシートの上。右足はシートから落ちてしまって、膝を折って脚を床に付けている。
長い脚の隙間に潜り込めるコンパクトサイズな仕様でよかった、俺。自分の小柄さに生まれて初めて感謝する。
レザーパンツは、でも、思った以上に自由が利かない。
こんなにレアで大事なときに、無駄にもたつきたくないのに。
――あーくっそ!硬いな、脱がしにくい!
なんかもう、ほんと必死。俺、必死。
美味しそうなお菓子を目の前にして、開けにくい包み紙をほどくようなじれったさ。
ようやく少しおろせたと思ったら、ヒミズさんは黒のボクサーパンツを履いていた。
――またこんな開けにくそうなの!
まだ食べさせてもらえないのか!
きいって言いたくなる。
我慢できなくて中心を左手で思い切りわしづかみにすると、さすがに驚いたのかヒミズさんの腰が足ごと大きく揺れた。
――あっ、かーわいい♡
伸縮性のある黒い布に優しく口づけして、指を柔らかく動かしながら下腹におでこをつける。
ヒミズさんの体に動きは無い。でも、頭の上から少し強く息を吐くのが聞こえた。
――ねえ、ヒミズさん、ここ、好き?
きつくて狭い下着の中に指を入れて蠢かすと、腰がまた揺れた。
――どう?俺、うまいんですよ…
…あ、イカン、よだれが……
そのときヒミズさんの右手がシートをきつく握りしめたのが目の端に映った。
「……ァッ… ……は…」
―― !!
ヒミズさんの声…!
スゴク…スゴクいい!!
いきなり当たりだ!
ここ、好きなんだ!!
布の上から右手でさらに追い打ちをかけると、痙攣するようにびくびくっと腰が持ち上がった。
――今だ!!
左手を抜き出して両手で下着を一気におろす。
腰が脱力しているおかげで今度は簡単におろせた。
――みっけ!
理性が考えるより早く本能がそこを掴み上げて咥えこんでいる。
…冷静になって思う。
…デカ。
ヒミズさんって…けっこう、巨根。
店長のよりスゴイかも…
ちょっと硬くなってるけど、まだ全然余裕な感じ。
――もっと大きくなるのかな。
というか、『本領』が見たい。
4年前のあのときは、何も見えなかったし俺は恐怖に支配されていて少しの余裕もなかった。…でも、確かにサイズが尋常じゃなくデカかったのは…覚えてる。
どうしようもない下品な考えばかりが頭に広がる。
俺ってこんな馬鹿だっけ…
4年で俺はずいぶん変わった。
言い換えれば、ここまでくるのに4年かかった。
1年目のヒミズさんは、俺にとってただ怖い人で、
2年目のヒミズさんは、少しだけ優しい人で、
3年目からのヒミズさんは俺にとっての偉大な先生だった。
そして今、その先生は、俺の… …
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