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「まだ帰らないの?」
誰もいないと思っていたオフィスに声が響いた。
「なに、もう帰るの?」
顔を上げもせずに画面と睨めっこしながら答える俺に、壁をコンコンと叩く音がする。
「もうすぐ21時になるよ」
顔を上げて壁の時計を見ると、視線の先に足をクロスさせて壁に寄りかかるゆーちんがいた。
こういうポーズは足の長さが際立つ。
モデルか。モデルなのか。
「知ってる。先帰っていい、鍵はやっとく」
「手伝おうか」
「大丈夫、もう終わるから」
早口で答えて資料に目を向ける。目が乾燥しているのかな、コンタクトがゴロゴロする。
「じゃあ待ってる」
静かにそう言ったゆーちんに、再度顔を上げた。
「だからいいって」
遅くなるよ、と口にしようとすると、なんだかいつもの彼じゃないような顔をしている気がしてソレを飲み込んだ。
「……鈍いね、誘ってるんだけど」
「何に?」
下を向いた彼の長めな前髪が瞳を隠す。
こんな雰囲気は嫌いだ。
ゆーちんに腹が立っているのは、こういうところもあるかもしれない。
無邪気で悪びれも無く、人を振り回しているように見せ掛けて、めちゃくちゃ弱いところをそっと俺だけに見せてくるところ。
「わかった、じゃあ飯でも行く?」
「…っ!行く!!」
嬉しそうにガッツポーズで答えるゆーちんにため息をついた。
俺も、大概甘い。
期待させるようなことをしないほうが彼にとっても、俺にとってもいいことなのに。
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