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◆ 再会 ◆

 高い塀が巡らされ、監視カメラが至る所に取り付けられた家。明らかに一般家庭とは様子の違うその家の頑丈そうな門の前で、諒一は大きく一度深呼吸をした。  あれから九年。二十六歳になった諒一は、父親と同じ警察官にはならず弁護士になった。そして今日は諒一が初めて顧問弁護士となる相手の家へと挨拶に来たのである。  ―――一哉は…元気だろうか。  そんな事を考えながら門の前から連絡を入れれば、幾人かの強面の男たちが諒一を出迎えた。通されたのは玄関を入ってすぐの続き和室の一室だった。ほのかな藺草の匂いが心を落ち着かせてくれる。  勧められた座布団の上に正座をして、諒一はクライアントとなる男を待った。  勇誠会系辰巳組。その本宅である。現在の組長の名は、辰巳一意(たつみかずおき)。一哉の義理の兄にあたるその人物は、顔の割にそう性格が荒くないと聞いている。  だが、間もなく和室に姿を現した男に、諒一は思わずたじろぐこととなった。  ―――デカい…。  日本家屋の鴨居は通常百八十センチ。それをくぐるようにして現れたその男は、日本人とは思えないほどの体躯の持ち主だった。そしてその躰も顔も、四十八歳という年齢にそぐわず若々しい。とてもではないが、諒一の母親と同じ年齢には見えなかった。 「待たせて悪かったな、先生?」 「あ、いえ。この度は顧問弁護士として雇い入れてくださって感謝しています。峰岸と申します」  諒一が静かに名刺をテーブルの上に差し出すと、男は武骨な指先でそれを摘み上げ一瞥した。テーブルの上に名刺を戻しながら男の視線が動き、諒一もまたそちらを見る。  そこには、目の前に座る男に負けず劣らず体躯の大きな外国人が手にお盆を持って立っていた。否、部屋に入ってきたところだったのである。  金髪碧眼にお盆…似合わない。と、そう思う前に諒一はその体躯の大きさに再びたじろいだ。やはり鴨居をくぐるようにして部屋に入ってくる男は、百九十センチはあるだろう。ボディガードか何かだろうかと、そう思う。  後から姿を見せた外国人もまた、見事な躰付きをしている。 「どうぞ」  金色の髪に碧い瞳の男は、綺麗な発音でそう言って諒一の前にお茶を差し出すと辰巳の隣に腰を下ろしてしまう。  諒一の差し出した名刺をしげしげと眺め、金髪の男は胸のポケットから取り出した名刺入れから一枚の名刺を抜き出した。にこりと微笑みながら差し出された名刺には、辰巳一意という名前が印刷されている。 「ありがとうございます。頂戴します」 「そんなに固くなる必要はねぇよ、先生」 「そういう訳には…」  辰巳の隣に腰を下ろした外国人は、フレデリックと名乗った。細かな遣り取りは今後、辰巳ではなくフレデリックがするという。  その言葉に再び名刺を取り出そうとする諒一に、フレデリックは小さく首を振ってみせた。 「名刺は一枚で結構」  それよりも…と、にっこりと微笑んで見せるフレデリックの表情に、諒一は何故か背筋に冷たいものが流れ落ちるのを感じた。優し気な笑顔が、何故か恐ろしく見えたのだ。  そしてその予感は、フレデリックの口から流れ出た言葉によって証明された。それは、諒一の躰を強張らせるのに充分な威力を持っていたのである。 「峰岸諒一君。キミは、一哉と繋がりがあるね。しかもキミのお父さんは元警察官僚だ。これは偶然なのかな? それとも、一哉に会いたくて顧問弁護士を引き受けたのかな?」  父親が元警察官僚である事は、調べられているだろうと何となく予想はしていた。だが、一哉に会いたくてと、そう言われるとは思っていなかった諒一である。詰めた息を、諒一はゆっくりと吐き出した。困ったように眉根を寄せて口を開く。  嘘を吐けば見抜かれるだろうと、何故か確信があった。それに、弁護士とクライアントは信頼関係が最も重要である。 「貴方の言う通りです。私はもう一度、一哉に会いたかった。そのために弁護士になりました。ですが、父の事は関係ありません。…信じて頂けるかどうかは…分かりませんが」 「キミが素直な子で良かった」  そう言ってフレデリックが笑うと、辰巳が一哉の名を呼んだ。驚くべき事に、返事は奥座敷から聞こえてきたのである。 「っ!?」 「お前、馬鹿じゃねぇのか?」  襖を開けて姿を現した一哉の口調は、昔と何も変わっていなかった。顔付きは昔よりも可愛らしさが抜けて、美人になっているような気もする。だが、その躰付きは、細身だった昔とは比べ物にならないほどがっしりとしていた。身長も幾らか伸びているような気がする。  ごゆっくり。と、そう言って、辰巳とフレデリックはあっさりと姿を消してしまう。一哉とふたりきりで取り残されて、諒一は焦った。  何を話せばいいのかわからない。奥座敷に一哉がいたという事は、フレデリックに言った言葉もしっかりと聞かれているのだろうと思えば、諒一は何も言えなかった。  テーブルの木目をただ見つめる事しか出来ずにいる諒一の目の前。辰巳が座っていたそこに一哉が腰を下ろした。 「まさかこんな形で来るとは思わなかったわ」 「あんな一方的に断ち切られて納得できる訳ないだろ…」 「お前、昔から変なとこ頑固だよな」  呆れたような声で一哉に言われてしまったが、諒一はふっと小さく笑った。覚えていてくれた。ただそれだけで嬉しい。 「お前が勝手にいなくなるから追いかけてやったんだ、礼くらい言えよ馬鹿…」 「おーおー、天下の諒一様がそこまで俺に入れ込んでるとは知らなかったっつーの」 「仕方ないだろ…。全然お前の事忘れらんなかったんだから…」  いつでも隣にいて守ってくれた一哉を、諒一は忘れた事などなかった。あの時の一哉の優しさを無駄にしてはいけないと、そう思っていただけである。  まだ若いが諒一は海外にも渡り、弁護士としてそれなりに経験も積んできた。諒一は間違いなく、辰巳の家の顧問弁護士になるためにこの九年間を過ごしてきたのである。一哉に再び会うために。  以前辰巳の家の顧問弁護士をしていた男が、あまりその立場に良い思いを持っていないという事を諒一はしっかりと調べ上げていた。おかげであっさりと前任の男が退いてくれたのは有り難い。ただ、極道の顧問弁護士にわざわざなりたがるなどと小馬鹿にされはしたけれど。  だが諒一にとってそんな事はどうでも良かったのだ。一哉に再び会うという目的の前では、何を言われても諒一は痛くも痒くもなかったのである。 「それで? 弁護士なんかになっちまって、今度はお前が俺の事を守ってくれるって訳かよ、ヒーロー?」  揶揄うような口調で言ってくる一哉に、諒一は困ったように笑うことしか出来なかった。

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