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第29話 先輩の家

「ただいまー」  玄関をくぐりながら、橘が家の中へ声をかけると、 「おかえりなさい」  朗らかな声とともにスリッパの音がパタパタと近づいてきた。  母親が顔を見せ、息子とその隣にいる保へ微笑みかける。  保は電車に乗っているときから緊張していて、少し強張った笑みとともにペコリとお辞儀をした。 「こ、こんにちわ……」 「母さん、オレの後輩の浜下保くん」 「まあ、かわいいー、女の子みたいねー」 「こう見えて、けっこう気が強いんだよ、こいつ」 「先輩っ……」 「ふふっ、さ、どうぞ、あがって」  リビングへ行くと父親がいて、橘と保を見て言った。 「おや、なんだ。優也(ゆうや)、彼女を連れてくるなんて、言ってなかったじゃないか」 「父さん……」 「…………」  さすがに保は少々、男としてのプライドを傷つけられたみたいだった。    「先輩の御両親って、美男美女ですね、橘先輩みたいなかっこいい人が生まれたのが、すごく納得いきました」  両親が出かけて行ったあと、キッチンで二人並んで洗い物を片づけていると、保がそんなことを言った。 「そうかー? そんないいものでもないと思うけど。……保はお母さん似だろ?」 「え? なんで分かるんですか?」 「ふふ、直感」  他愛のない話をしながら洗い物を終え、二人は二階にある橘の部屋へ腰を落ち着けた。 「わー、先輩の部屋、すごくきれいですねー」 「もともとあんまり物を置いたりしないほうだからな。それに保が来るから、昨日、丁寧に掃除機かけたし」 「僕も先輩を部屋に呼ぶときは片づけとかなきゃ……」  保は、はにかんだような小さな声で呟くと、視線を本棚へと移した。 「わー、すごい! ホラーとミステリー小説がこんなにいっぱい……」  自分もホラーミステリーが大好きな保は、目を輝かせて並べられた本の背表紙を指で辿っている。 「読みたい本があったら、貸してあげるよ」  彼の隣に行って、橘も一緒に本棚を覗き込んだとき、ふわりといい香りがした。  保の香り……。  そう思った瞬間、橘は自分の中の雄が目を覚ます気配を感じた。  慌てて保から目を逸らすと、橘は言葉を紡いだ。 「そろそろ夕食……は、昼ごはんが遅かったから、まだおなか空いてないよな……。あっ、そうそう、先お風呂入る? 保」  言ってしまってから、橘は自身の言葉にドキッとしてしまった。  

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