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第40話 興味津々の恋人
「どうした? 保、どこへ行きたいの?」
なんだかモジモジしている保へ橘は重ねて聞いた。
「……に行ってみたいです」
「え? ごめん、よく聞こえない。なんて言ったの?」
ただでさえ騒がしいファミリーレストランの中にいて、保の小さな声は完全にかき消されている。
すると、保は意を決したように、テーブルへ身を乗り出し、橘をかわいく手招きした。
橘は彼に顔を近づける。
保は至近距離で見ると、心臓に悪いくらい綺麗で、魅力的である。それに加えて、橘と体を重ねるようになってから、今までなかった色香までまとうようになった。
恋人が綺麗で、魅力的なのはうれしいことだが、それと同時に、他の人間の目にさらしたくないという、独占欲を覚えてしまう。
本当にずっとオレの傍に置いて、誰にも見せたくないよ……、保。
そんな橘の内心を知らずに、保はまだ何度か逡巡のようなものを繰り返したあと、
「橘先輩、僕、……ラ、ラブホテルに行ってみたいです……」
重大な内緒話を打ち明けるようにそう言った。
「えっ……?」
さすがに橘は少しびっくりした。
「ラブホテルに?」
保につられて、自然とひそめた声で橘も聞き返す。
彼は華奢な体を縮こませて、こくんと恥ずかしそうにうなずき、言葉を続けた。
「し、小説とか、テレビドラマとかでもよく、出てくるでしょう? ああいうところって。だから、本当はどんな雰囲気のところなのか、僕、興味あって……」
最後のほうは消え入りそうな声になってしまう。
そんな恋人を見て、橘は、
かわいいな……。
と思う。彼の口から、ラブホテルという言葉が飛び出てきた瞬間は少し驚いてしまったが、二人は恋人同士なのである。そういう場所へ行ってもなんの不思議もない。
目の前で小さくなって赤面している保へ、橘は小声で応じてやった。
「分かった、じゃ明日はラブホテルへ行こう、な、保」
「先輩……」
保は自分から言い出したくせして、橘がそう言うと、大きな瞳を真ん丸にして驚いていた。
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