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第42話 かわいいやきもち

 部屋の中へ足を踏み入れると、保は開口一番、 「わー、テレビで見たまんまだー」  と声をあげた。  さっきまでの緊張はどこへやら、保は部屋中を歩き回り、あちこちを見ては大騒ぎをしている。 「うわ。すごい大きなベッド。……でもこのレースがヒラヒラしてるのは、ちょっと趣味が悪いかも……」 「あ、天井、鏡張り。ほんとに想像通り」 「こっちがバスルーム? 広いんですね。あ、やっぱりガラス張りになって透き通ってる。部屋からシャワーシーンが見えるようになっているんだ。でも、これ湯気で曇っちゃうんじゃないですか?」  まるで遊園地にでも来たかのような、はしゃぎぶりである。  ……まあ、ラブホも一種の遊園地みたいなところかな。大人の遊園地ってやつ。  橘はそんなことを考えながらベッドへ腰かけて、はしゃぎまわる恋人を、目を細めて見つめていた。  すると突然、それこそ電池が切れたかのように保が大人しくなった。 「保? どうした?」  急に黙り込んだ彼に、橘が声をかけると、保はトボトボと歩いてきて、隣に座った。  その横顔は憂いに沈んでいる。 「気分でも悪くなった? もう出るか?」  心配になって橘が問いかけると、保は小さくかぶりを振り、おもむろに口を開いた。 「先輩、すごく慣れているんですね……」 「え……?」 「ホテルに入るときも、鍵を手に入れるときも、スムーズで。……今だって、こんなに落ち着いてて……」 「保……」 「なんか、僕、悔しくなってきちゃって。僕はなにもかも、橘先輩が初めてなのに、先輩はそうじゃないんだって、思い知らされて……、悲しくなって。過去のことなんか言ったってどうしようもないのは分かっているんです。……それでも、どうしても悔しくって、悲しくて……」  それはとてもかわいい嫉妬と言っていいだろう。  でも橘は、保の嫉妬を笑うことは決してできなかった。  自分が保の立場だったら、と考えると、彼の心の痛みがありありと心に迫って分かってしまうから。  もし、オレ以外の誰かが、すでに保の体を知っていたとしたら、きっとその相手へ激しい嫉妬をしていたはず……。 「保……」  橘は彼の細い肩を引き寄せて、抱きしめた。 「……過去はさ、もうどうにもできない。でも、これから先は保、おまえだけだよ。約束する……。オレを信じて?」  橘はそう言うと、保の手を取り、彼の小指に自分の小指を絡ませる。 「指切りしよ、保」 「先輩……」  保はようやく愁眉を開くと、小指の約束に口元をほころばせた。

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