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俺と離れても平気ですか。
侑司の様子が変わったきっかけはわかる。
二週間程前、元カノが登録に来たのだ。
侑司の前に付き合った、恐らく最後の女性。
別れるきっかけになった件を知っている響子さんはあからさまに敵意を示し、泰生さんは隣からのイライラオーラに耐えきれず冬眠前の熊のごとく事務所を歩き回り、
真由ちゃんに至ってはじんわり汗をかくこの時期には出したことのない熱々の緑茶を無言で出した。
異様な事務所のみんなと空気に侑司だけが訳のわからない顔をし、それでもいつも通りの対応をしていた。
侑司がだいたいの仕事をこなせるようになり、最近の俺はサポートに回っている。
その日も面接をやっていたのは侑司だった。
「菅原里香さん、以前は、大手企業に勤められてますね。今回の会社はそれほど大手でもなく、お給料も減額になりますが」
里香がちらっと俺を見てから口を開く。
「以前の会社では…居づらくなってしまって、上司と、その、色々とあって。
転職するのも疲れるので、それほど大きくなくても長く勤められるところをと」
「なるほど、それで正社員登用のこちらに」
里香が俺の顔を見たのはその一回だった。
別れてからもう三年がたっている。
里香も思い出になっているだろう。
初見が済み、いつものようにドア前で会釈をし、送り出す。
そこで里香が動いた。
「遥くん、ちょっとだけ時間いい?」
スーツの袖口を引っ張りながら俺を見上げる。
「ん、ちょっとならいいよ」
「遥くん!」
響子さんが派手な音を立てて椅子から立ち上がった。
目を合わせ、大丈夫と笑みを返すと小さく頷いてから椅子に座った。
里香と話し、事務所に戻ると侑司は仕事で出ていた。
話そうとするとどちらかに急ぎの仕事が入り、週末話そうとしたが、侑司が避けだし、伸び伸びになっている。
今週末こそ話そう。
そう思うのにいざとなると心が怯えていた。
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