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俺はそのうち焼かれますか。
俺の部屋に着き、中に入り鞄を置く。
遥さんは一言もしゃべらない。
居酒屋を出て、薫さんを見送るまで普通に喋って笑っていたのに、何かやらかしてしまったのか。
「あの、遥さん、何か怒ってます?」
「お前、俺のだよな」
こちらに背を向けたままで表情はわからないが、口調が拗ねている。
「そうですよ」
「俺言ったよな、触らせるなって」
「はい」
「なんであんな警戒心なく触らせんの?」
「え、もしかして薫さんにですか?だって、」
お兄さんですよ、と言いかけて止まったのは遥さんが拗ねた顔を隠そうともせず振り返ったからだ。
「兄ちゃんでも!これまで女性が恋愛対象の俺がお前を好きになったんだ、兄ちゃんが好きにならないって保証なんかどこにもないだろ」
「………遥さん、薫さんにヤキモチ焼いたんですか」
唖然とする俺の額をぺしっと叩くと遥さんの口がさらに尖る。
「ヤキモチなんか毎日しょっちゅう焼いてるよ。
泰生さんがお前に話しかける時やたら距離が近いとか、
響子さんと話しする時お前たいてい座ってるだろ、見上げるときの可愛い顔見せんなよとか、
真由ちゃんにばっかりニコニコすんなとか!」
口がぱくんと開いた。
遥さんが耳と目元を赤くして俺から顔を背ける。
「いっいやいや、泰生さんと響子さんは結婚してるし、真由ちゃんにニコニコもそんなしてませんよ!」
「結婚してるとかわかってるし、真由ちゃんにその気がないのも、全部わかってんの!」
「なら、なんでそんな」
「だから!………好きだって言ってるじゃん……」
俺の胸に額をくっつけ呟くように遥さんが零す。
「ヤキモチなんか焼きたくないよ、けど、焼いちゃうんだから仕方ないだろ…」
「はぁーーー………可愛いぃ」
思わず漏れた心の声に遥さんの肩がぴくっと動いた。
「毎日会社でそんな可愛いヤキモチ焼いてくれてたんですか」
ぎゅっと抱き締め柔らかい髪に顔を擦り付けると、遥さんの腕が背中に回された。
「会社だけじゃない、帰りの電車でお前を見てる女の子からお前を隠したり、もした」
拗ねた口調のまま顔を埋めてぼそりと言う遥さん。
「そんな心配しなくていい、のはわかってますよね?」
「それでも嫌なんだよ、なぁ、毎日鼻の横にでかい黒子書いていい?」
「え?えぇ!?」
「引くくらいでかい黒子書いてたらモテなくなるだろ」
「……別の意味ですごく見られるんじゃ?」
凄くいいアイデアを思い付いたと輝いた顔は一瞬でまた拗ねた表情に戻る。
緩む顔を緩ませたまま遥さんの顎を持ち上げる。
「……なんでそんなニヤニヤしてんの」
「もう嬉しくて嬉しくて。キスしていいですか」
「…………やだ」
「本当は嫌じゃないでしょ」
「やだ!スーツ脱ぎたいし風呂も入りたいしそれに」
「うん、それに?」
「………後でいっぱい、ゆっくりちゅーしたい」
ベッドで。
付け足された小さな声。
はい、と返事をして抱き締め直すと遥さんが息を吐いて甘えるように首筋に顔を擦り寄せてきた。
俺はあなた以外見えてないです。
あなたに夢中です。
それをわかってもらうために、伝えるためにする事は一つです。
「遥さん、今夜眠れないかもしれませんけど、いいですか」
首筋に当たる頭が小さく縦に振られた。
覚悟しといてくださいね。
囁いた俺の頬をつねった後、遥さんは眉を下げた可愛い顔で笑った。
全部遥さんのものですよ。
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