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俺は何度惚れればいいですか。

前回同様薫さんが酔っ払い、遥さんと俺の頭を撫で回し、 遥さんが口を尖らせて拗ね、 俺がなだめ、 渋る薫さんをタクシーに乗せて見送り、月に一度の食事会は終わった。 酔い覚ましをかねて家までの道を散歩しながら帰ると遥さんが言い出した。 明日は雨の予報が出ているためか、月も見えず濃い灰色の重たそうな雲が落ちてきそうだ。 「暗いし、手、繋いでもいい?」 若干足元が覚束ない遥さんが俺に問う。 遥さんの手を取り指を絡めて握った。 「仕事も一緒でー、帰っても一緒でー、 嫌になったりしてない?」 「え?」 思わず足が止まった俺の手を遥さんが軽く引く。 「俺さ、鈍感みたいだから気づかないうちにお前に嫌な思いとかさせてたら、とか思って。 お前優しいからたぶん言わないだろ」 「遥さん…」 「あのさ、もしだよ?もし、気持ちが離れたりしちゃったらちゃんと言えよ、 大丈夫、ストーカーとかにはなったりせずにちゃんと離れるから」 数年前の破局はやっぱり大雑把で能天気なこの人にも重く暗い痛みを残していたのか。 俺との老後を頭の端に思い描いているのに、それを俺にはちらっとも見せずに離れてもいいよとうそぶくのか。 もっと、もっともっと我儘でいいんです、遥さん。 繋いでいた手を引っ張り抱き締めた。 「お、おい、ここ外…」 「遥さん、好きです」 「……知ってるよ」 ふはっと軽く笑った遥さんの手があやすように背中を叩いた。 「遥さんは知らないですよ。 俺、今二度目の一目惚れの真っ最中ですよ」 「なんだ、それ」 身体を離すときょとんとした顔の遥さんが俺を見上げた。 「二度目の一目惚れなんてあるのか」 ふはっと遥さんが笑う。 「俺はきっと三度目、四度目って何度も遥さんに一目惚れしていくんです」 触れた頬が熱いのはきっともう酒のせいじゃない。 繋いだ手に力を気持ちを込める。 「帰りましょう、二人の家に」 うんと頷いた遥さんが笑う。 その笑顔はいつもの遥さんだった。

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