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※俺だけでは不足ですか。

「なぁ、何が食べたい?」 「…遥さん」 「んー?何か食べたいの思いついた?」 「遥さん」 いつまでも返ってこない答えに侑司を振り返ると、 「遥さんが、食べたいです」 え、と開いた口は言葉を発せず、無言の俺の前で侑司の顔から首、手までがぶわっと赤くなった。 仕事帰りの近所のスーパー、主婦は疎らで仕事帰りのスーツを着た人に紛れ学生の姿も見える。 侑司の赤くなった顔を抱きしめて隠してやりたいが、このスーパーに来れなくなるのは避けたい。 「俺は飯の後な」 こんな俺でいいなら、いくらでもくれてやる。 食後のデザート代わりにでもペロッと食べればいい。 侑司の髪を撫で、頬を撫でてからゆっくりと手を離す。 触れていたらそのまま警察を呼ばれてしまうことに発展しかねない。 侑司の手がカートを押し、惣菜売り場に逆戻った。 適当な弁当や惣菜のパックを掴みカゴに入れると一直線にレジに向かう侑司の背中を見つめた。 同じ気持ちなんだと思うとなんだかじわりとして、鼻の奥がつんとした。 マンションに帰り、管理人さんへの挨拶もそこそこにエレベーターに乗り込む。 いつもはもう着いたのかと感じる速度が遅く感じる。 まだか。 まだか。 あと五階。 ポーンと音を立ててエレベーターの扉が開く。 開ききるまで待ちきれず身体を横にしながらすり抜けた。 一番奥の部屋にしたのは誰だ。 角部屋がいいと兄ちゃんが言ったんだっけ。 今度土産だとでも誤魔化して兄ちゃんの嫌いな柚子の菓子でも送りつけよう。 俺の手を引く侑司の手が熱い。 触れたくて泣きそうだ。 触れられたくて叫びたい。 侑司、好きだよ。 声にならなかったのは、鍵穴が壊れそうな勢いで鍵を開け雪崩込むように入った玄関で抱き締められ唇を重ねたからだった。

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