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俺はおちおち眠れません。
「那奈ちゃん楽しい子だな」
那奈を乗せたタクシーを見送った後で遥さんが俺を振り返った。
「今日はありがとう。那奈ちゃんに会わせてくれたことも、お兄ちゃんのお前が見れたことも」
穏やかな笑顔の遥さんは神聖な存在に見える。
こんな俺が触れていい人ではないような気持ちになる。
俺がこういう気持ちになっている時、遥さんは必ず俺に触れてくれる。
髪だったり頬だったり手だったり、場所は違えど、必ずだ。
そしてもうお前のものだろ、と言わんばかりの意地悪で誘うようにも見える顔でニヤリと笑ってくれるのだ。
普段は大雑把で能天気なのに、人の心情にはとても敏感だと思う。
俺にだけじゃないのが少し気に食わないが、そういうところも好きなのだ、仕方がない。
「お前んちはお父って呼ぶのか?お父さんのこと」
マンションまでの道を散歩がてらに歩く。
なんでもない話しをしながら帰るこの時間がすっかり定着し、好きだ。
「それは那奈だけです。俺は父さん母さんですよ」
「おにぃって呼ばれてたな」
「可愛くないですよね」
「可愛いーよ」
お前も那奈ちゃんも、と遥さんが笑う。
遥さんの携帯がラインの通知を告げる。
携帯を見た遥さんの口元が緩む。
「那奈ちゃんから」
「え!?いつ連絡先交換したんですか!」
「お前がトイレ行ってる時。これ見て」
遥さんが見せてくれたラインの画面には、
『おにぃに飽きたらいつでも那奈がお嫁に行きます♡』と書いてあった。
「あいつ…っ!」
憤る俺の横で遥さんが文字を打っている。
ん、とまた見せられた画面には遥さんの返事。
『一生飽きない予定なんだ。ごめんね♡』
那奈なんかに♡マークを付けて!と拗ねたいところだが、
こんなことを書かれて怒れる訳もなく。
「予定じゃなくて確定にしてくださいよ」
俺の小言に遥さんがふはっと笑った。
「そうだった、ごめんなダーリン」
「もちろん許しますダーリン」
「帰って仲良し、する?」
「します!」
「じゃー競争!」
「え、あっ、遥さんっ」
久しぶりのダッシュに腹の中でビールがちゃぽちゃぽと揺れる。
鞄が重い。
腹も重い。
ちゃぽちゃぽからたぷんたぷんに変わったビールが出てきそうだ。
子供のように振返りながら走る笑顔の遥さんを追いかける。
大好きです!と心の中で叫びながら。
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