101 / 211
俺が家族になります。
どれくらいそうしていたかわからなかった。
静かな澄んだ空気の中でゆったりと時間が流れた。
遥さんが振り返り俺の頬を撫でながら穏やかに笑う。
その穏やかな笑顔が呼吸と共に止まり固まった。
遥さんの視線を追い振り返ると中年のご夫婦らしき二人が固い表情でこちらを見ていた。
「何してるんだ…」
ゆっくりと立ち上がった遥さんは小さな声でまた来るねとお墓に声をかけてから固い表情のお二人に向き直る。
「墓参りに来ただけだよ、心配しなくてもそっちには顔出さないよ」
バケツや杓子、片付けたシキミを持ち、遥さんは行こうと俺に言う。
もしかして薫さんと遥さんのご両親か。
「当たり前だ!お前のせいで私達がどれほど肩身の狭い思いをしているか!」
「正さん、止めてください」
顔を見ないようにご両親の脇を通り過ぎる遥さんの背中を歯を食いしばって見つめた。
薫さんが言っていた。
あの件からかなり時間がたってからではあるが、里香さんのご両親から事実無根での婚約破棄の詫びがあった、と。
遥さんには何の落ち度もなかった、とわかっているのに何故この人達は遥さんを蔑んだままなのか。
「ご家族の事に口を挟むご無礼をお許し下さい。遥さんと親しくしていただいている瀧田侑司と申します」
頭を下げるとご両親も軽く会釈を返してくれた。
「里香さんとの件、遥さんへの誤解は解けているはずですよね?なのに何故遥さんが何か罪を侵したように言われるんですか」
「何の関係もない他人を巻き込んでまで自分を守り正当化したいのか、遥!」
静かで清らかだった空気が一気に淀んだ気がした。
「他人ではありません。俺にとって遥さんは大事な人です」
声を荒げた父親を睨むように強く見つめながら言った。
「侑司やめろ、無駄だ」
戻ってきた遥さんが俺の腕を掴む。
その手は微かに震えていた。
「遥さん」
「なんだ、女は懲りたから今度は男に鞍替えしたのか。どこまでもみっともない情けないヤツだな」
「正さん!」
母親が泣きそうな声で父親を遮る。
身体が熱くなった。
比べることなど出来はしないが、あの件で一番傷ついたのは遥さんだ。
婚約をし結婚を考えていた人に嘘をつかれ裏切られ、仕事も棲む家も失った。
さらに味方になってくれるはずの両親まで自分を信じてはくれなかった。
一体どれほど辛かっただろう。
今そんなことがあったなんておもえないほど遥さんは笑っている。
また人を信じ、人を好きになり、人を相手に仕事をしている。
それが誇れることだとこの人達は思わないのか。
行き場のない怒りで握った拳が震える。
人を本気で殴ったことはない。
ないが、今なら殴り殺せると思った。
「侑司、大丈夫だ。ばあちゃんには挨拶出来たし、帰ろう」
俺らの家に。
ご両親には聞こえない小さな声は震え掠れていた。
でも俺を見る遥さんは泣き出しそうに顔を歪めながらも笑っていた。
ともだちにシェアしよう!