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俺は猛獣使いにはなれません。
「マンション買うたんやろ?別れるかもしれんのに思いきったねぇ」
いきなり核爆弾級の話題が落とされた。
「そんなん誕生日プレゼントにされたらよけい気遣うわ」
ニコニコと笑う薫さんに、項垂れていく遥さん。
この空気をどうしよう……
幾ら飲んでも酔える気がしない。
「まぁでもあのクズみたいな女とおるより遥くん元気そうやし、良かったんやない?
今度は今度で大変そうやけど」
遥くんがゲイとはなぁ、と華さんが俺を見ながら呟く。
「侑司くん?は、女性とはしたことないん?」
飲んでいたビールが鼻に入った。
鼻に入ったビールが喉に落ちてきて、鼻も喉も苦しい。
けほけほと咳をする俺の背中を遥さんが心配そうに擦ってくれた。
「あれ、ごめん。童貞やった?」
全く悪いと思っていない。
「いえ、ありますけど……」
遥さんがいる前で何故こんな話しをしなくてはいけないのか。
「モテるやろ?なんで異性じゃなくて遥くんなん」
その質問で漸く分かった気がした。
この人も薫さんなんだ。
薫さんの側で遥さんを見てきた華さんも遥さんの保護者のような思いでいるのではないかと。
「……わかりません。最初は綺麗な人だなと、好きな顔だと思っただけで、特別な感情はそれほどなかったんです。
一緒に仕事をして少しずつ話しをしていくうちにもっと知りたいと思うようになっていて、
知っていくうちに……好きになってました」
「マンション買うたって聞いてどう思った?」
「嬉しいのと同時に覚悟が決まりました。生涯を共にする」
ふんふんと頷きながら聞いていた華さんがガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。
立ち上がったところで小さいのだが。
ぬっと出された細い腕、小さな手が俺の頭をこれでもかと懸命に撫でる。
「遥くんのこと頼むね。
薫くんが大丈夫ってゆうたけどやっぱり心配で。また変なのに引っかかったら今度こそ命を経つかもしれんって思ってたんよ。
会いたいってゆうてくれて良かった。
お金や身体目当てでもないみたいやし。
あ、浮気なんかしたら薫くんと一緒に刺しにいくからね」
どこまで冗談なのか。
いや、この人は本気だ。
遥さんは華さんにとっても大事な弟なんだ。
それがわかると得体の知れない恐怖からは解放され、漸く肩の力が抜けた。
「もう俺のことはいいから。二人はいつ結婚するの?」
照れた遥さんがビールを煽ってからそう言うと場の空気が凍りついた。
「結婚?
あんな紙切れ一枚で承諾される夫婦関係なんか意味ない!」
トイレ!と言い捨て個室を出て行く華さんを見送ってから薫さんが口を開いた。
何度目かになる婚姻届の記入に華さんが失敗したのが先週末だったそう。
二重線に押し印でいいよと言う薫さんに、
記念すべき婚姻届に押し印した物を出せるか!と華さんが拗ねたのだと薫さんが肩を落とした。
他の人のことには大人なのに、自分のことに関しては子供のようで、そこがたまらなく可愛いと薫さんが顔を綻ばせた。
そんな薫さんに釣られて俺も微笑む。
よくわかります、薫さん。
他の人の知らない顔を見せてくれる、それがどれほど嬉しいか。
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