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俺も癒やしたいんです。

金曜日、明日は漸く休みだ。 一週間がえらく長い。 定時が近づく頃遥さんが会社に戻ってきた。 お疲れ様です、の言葉にも反応しないままつかつかと俺の所までやってくると椅子をぐるりと回された。 「抱っこ」 「え」 ここ会社です、と発する前に遥さんが膝に乗って首に腕が巻き付いた。 「∃∑∞∂∉∝ςεμγ!!!!!」 真由ちゃんが言葉にならない言葉を発し笑い泣きながら携帯を俺達に向けている。 怖い。 あまりの怖さに止める言葉が出なかった。 「真由ちゃん」 響子さんの呼び掛けで真由ちゃんが動きを止める。 ごめんなさい、と謝ると携帯を片付け給湯室に消えた。 遥さんはぴくりとも動かず俺の首に捕まったままだ。 この急激な忙しさの中、それぞれが疲れやストレスを抱えているのは感じている。 響子さんも疲れを隠しきれない表情をしている。 マットに吸収されるヒールの音。 響子さんは俺に抱き着いている遥さんの背中を子供をあやすように撫でるとふわっと笑みを浮かべた。 「遥くんの癒やしは侑司くんなのね」 「俺もそうですよ」 「いい恋人関係ね」 落ち着いたら誠一さんのおごりで盛大に飲み食いしに行きましょう。 響子さんはそう言ってまた笑った。 「響子さんの癒やしは何ですか」 「私?息子の紘都」 ふにゃと響子さんの顔が崩れる。 「もう10歳でサッカー馬鹿のやんちゃ坊主。抱っこなんかしたら離せとか言って憎まれ口叩くけど、何故か私が本当に疲れてる時は紘都の方から来てくれるの。 それがもう、もーう可愛くて可愛くて」 「紘都に会いたい」 遥さんがむくりと顔を上げた。 「遥さん会ったことあるんですか」 「小学校入ったばかりの頃は毎日会ってた」 「毎日?」 「そう、ここに来てたから」  「どうでもいいけど、」 響子さんが遥さんと俺の肩を叩いた。 「いつまでくっついてんの」 遥さんが頭を掻きながら俺の膝からどく。 遥さんの赤くなった耳を見ながら、遥さんに抱き着かれて俺も癒やされたんだと気付くと離れられたことが途端に寂しくなった。 真由ちゃんがコーヒーを入れて戻ってくる。 みんなにコーヒーを渡し終える頃事務所のドアが開けられ、ぐったりとした泰生さんとくたびれた誠一さんが入ってきた。 誠一さんの手には大判焼きの袋。 「無理させてすまん。あと少し頑張ってくれ」 コーヒーと大判焼き。 合うような合わないような組み合わせだが、疲れた顔をしながらもみんな笑顔だった。

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