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俺の好きな季節。
慌ててさっきの居酒屋に戻り傘立てから自分の傘を取り出す。
遥さんの傘は誰かに持ち去られ見つからなかった。
憤りかけた俺の頬を遥さんが落ち着けとばかりに撫でる。
「持って帰った誰かさんが風邪ひかないならそれでいーよ」
そいつにも大事な人がいるかもしれないだろ。
そう言って笑った遥さんは俺の持つ傘の柄に触れる。
「暗いし、相合傘して帰ろ」
男物でもさすがに二人肩を並べて入ると小さい。
雨はそれほど強くはないが、足元から冷え傘の柄を持つ指先も冷えてくる。
「肩濡れてないですか?」
「濡れてるのはお前の肩だろ」
「俺は頑丈だからいいんです」
「帰ったら一緒に風呂入ろうな」
はい、と返事をした俺を遥さんが見上げて微笑む。
キスがしたい。
「傘で隠して…」
傘に当たる雨の音に消されそうな小さな声が独り言のように落とされ、遥さんの唇がそっと俺の唇につけられる。
離れていく温もりに思わず舌を伸ばした俺の舌先が指先で摘まれる。
「こら、ここ外」
「ごめんにゃはい」
「早く帰ろ」
続きは家でな。
そう言って笑った遥さんの肩を抱き寄せた。
冷たい雨から守るように。
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