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書記√2

犬塚にガシッと力強く掴まれた両肩が悲鳴を上げる。 本当にお前といい会長といい、自分の腕力を知らないのか。少しは力加減をしやがれ。俺を壊す気か。 会長が居ない今、今更犬塚の前でチャラ男を演じる必要はない。なので素を出して「離せ」と凄んでみたものの、犬塚の顔を見て逆に俺が怯んでしまった。 「(何て表情してんだ…)」 その顔を他の奴等に見せてみろよ。 絶対腰抜かすぜ。 それに何をキレてやがるんだこいつは? 大体怒りをぶちまけたいのは俺の方だ。会長には皮膚が千切れる程噛まれた上に、キスまでされて。しかもその上、目の前の駄犬には肩を潰されそうになってるし。今日は俺にとっての史上最悪の厄日に違いない。 「…愛咲」 「あ?」 「愛咲…」 「だから何だよ?つーか、離せ。俺に触るな」 痛ぇんだよ。マジで。 するとやっと俺の言葉を聞き受けたのか、犬塚は俺の肩から手を離してくれた。どうやら頭の悪い犬は数度厳しく言わないと理解出来ないらしい。躾ってのは意外と大変なものだ。 だが。 「おま、っ、ちょ…待っ、」 犬塚は俺が思っていた以上に理解力が乏しいようで。 犬塚の手は、俺の肩から今度は徐々に俺の顔面に近づいてくる。その手を避ける暇などなかった。 「っ、ん…、ン」 そして犬塚は人差し指と中指の第二間接までを使って俺の唇を拭くように動かす。まるで汚れた物を拭い取るかのように。 「ば、っ…ん、やめッ」 その動きから優しさは一切感じ取れない。犬塚の表情同様に怒りを露にしている。それはもう、唇の皮が剥けそうなほどだ。 俺にはこいつの行動理由が全く分からない。 「てめ、っ、やめ、…ン、ぐ…?!」 もっと厳しく言ってやらないと理解出来ないのかと思い、文句と罵倒の言葉を浴びせようと思ったのだが…俺が口を開いた隙に犬塚は、そのまま俺の口の中へと二本の指を突っ込んできやがった。 「なに、を…、っ、やめろ、」 頭を動かして抵抗したいものの、もう片方の手で後頭部を押さえつけられているため抵抗出来ない。 やる事が変態臭いのは会長と一緒だな。お前も変な性癖の持ち主か?馬鹿野郎。その性欲は俺にじゃなくて、婚約者とやらにぶつけやがれ。 「、ん、ぶ…、っは、」 俺が抵抗出来ないのを良いことに、犬塚の行動は更に度を増す。二本の指で俺の舌を挟んだり、軽く引っ張ってくる。離せ馬鹿っ、お前の指なんかしゃぶりたくねーよ。 だが特に舌の裏側を爪でなぞられるのがやばい。色々な意味でやばい。口の中にも性感帯があるというのを聞いていたが、何度もそこを擦られると出したくもないのに、上擦った声が出てしまう。 「う、ぁ、っ…ん、ぷ、」 だけど。 こんな奴の手でいいようにされるのは絶対に嫌だ! そう強く思った俺は、突っ込まれている指をおもいきり噛んでやった。 「……っ、」 そうすれば犬塚が小さくだが唸ったのが聞こえてきた。作戦成功だ。 「はっ、…ざまあ」 口端から飲み込めなくなった涎を垂らしながら言う台詞ではないと思うのだが、奴に仕返しが出来たのが嬉しい。嬉し過ぎる。 ほんのり血の味がするような気がする。再び犬塚の血をまた舐める事になるとは。だが止むを得ない。 少しやり過ぎたかなと良心の呵責に苛まれたのだが、俺が気にすることではないだろう。人の口の中に許可無く入ってくるやつが悪いのだから。 ほら、早くてめぇの汚ない指を抜きやがれ。 下衆を見るような目で犬塚を見上げれば。 次の瞬間、二本の指を突っ込まれたまま俺の口に、今度は犬塚の舌まで挿し込まれた。 「ん、っぅ?!」 二本の指と、そして熱い舌。 その口付けからは優しさや甘さなど微塵も感じ取れない。こいつとのキスはいつだってそうだ。 「、ふ…ぁ」 ただ我武者羅。 現に犬塚の表情を見ればそれが分かる。俺とキスしたいのならば少しは嬉しそうな表情でもすればいいのに、眉間に皺を寄せて苦しそうだ。 その理由は分からない。分かろうともしない俺が原因なのかもしれない。もしかしたら俺が抵抗ばかりする所為だろうか。 だがどちらにせよ被害者は俺なのだ。 それなのに仕掛けてきた相手が俺以上に眉間に皺を寄せているのが気に食わない。 その事に腹が立って挿し込まれたままの指を再度噛んでみる。 「ッ、ん…ン」 だけど結構強く噛んだというのに犬塚は動じない。 むしろどちらかというと、抵抗を重ねる俺に煽られたかのように舌の動きが激しくなった。 「ひ、ぁ…ん、っ、ぅ」 「愛、咲…」 器用に二本の指と舌を使って、俺の口内を掻き回してくる。尖らせた舌先で上顎を舐め、指で内頬をなぞられれば嫌でも変な声が出てしまうのは仕方のないことだと思いたい。 「ふ、…ン、んっ」 それに。 男とのキスは嫌だけれど、気持ち良いという事実は否めない。それが人間の性というものなのだろう。 だが高二にもなって人前で涎を垂らすのは如何なものだろうか。実際今凄く恥ずかしい。せめて零さぬように飲み込もうと試みるのだがそれも出来そうにない。 犬塚もその事に気が付いたのだろう。 俺の口の中から舌を抜いて、顎から唇に掛けて、下から上へと俺が飲み込めなくなった唾液を舐めていった。その際、俺の口の中に入れていた指も抜いてくれたのだが、犬塚の指と俺の舌の間に唾液の糸が引いていて、それが妙に艶めかしく思えた。 「………」 よく他人の唾液なんて舐めれるなと、他人事の様に思ってみる。どうやら一気に色々な事が有り過ぎて逆に冷静になれたようだ。 「…お前さ、」 「………」 「俺のこと好きなの?」 自分で訊くのはどうかと思う。 だけどはっきり言葉にして貰わないと分からない。 「…どうなんだ?」 「……好きだ」 「………」 「好き」 頬をそっと撫でながらそう言われた。 こいつにしてはいつもよりはっきりとした大きい声。 いつもならば問答無用にその手を振り払うのだが、さすがの俺でもそれは止めておいた。 「…分かった」 俺はそう言って、立ち上がる。 「とりあえず。保健室で手当てしてくれ」 今日は保険医が居ないからな。 犬塚への返答は後日だ。と言えば、どうやら納得したようで、少し嬉しそうに後を付いてきた。その姿はまさしく犬のようでちょっとウケた。 「だけど変なことしてきたら、即蹴るからな」 「………、ああ」 その妙に長い間は何だと問いたい。 だが一応頷いてくれたし大丈夫だろう。そう思い、俺は犬塚と二人で保健室に向かったのだった。

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