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会長√2

来て欲しくないと思っていても。 時間よ止まれと願ってみても。 そんな思いや願いが叶うわけもなく。無情にも放課後はやって来た。 「………」 正直言って行きたくない。 でも「今日は生徒会室に行く」と約束した以上、それを裏切るような行動は絶対に取りたくない。だから今俺は人通りがほとんどない静かな廊下をゆっくりと一人で歩いている。 「(…それに、)」 つい先程も励まされたばかりだ。 SHRが終わったにもかかわらず、その場から動けずにウジウジしている俺の背中をトンッと前に押してくれたのもなっちゃん。しかも極めて優しい声で「一緒について行こうか?」とまで言われた。 そこまでしてもらって逃げ出すなんて情けない。 行くよ。行くに決まってるだろ。別にあいつらなんて怖くもなんともねーし。 それになっちゃんも逃げる日が長くなればなるほど、後からもっと行きにくくなるのが分かっていて俺に言ってくれているのだろう。 …でも、それだったら。 あの時はなっちゃんに「子ども扱いするな!付き添いなんかいらないから!」と啖呵切ってしまったのだが、お言葉に甘えて生徒会室前まで一緒に来て貰えば良かった。どうせ今はチャラ男キャラを演じているわけだし、少しくらい甘えてみせても良かったのではないだろうか。 ……いいや、それではプライドが許さない。俺は一人でも大丈夫だ。 しかしなっちゃんは本当にいい先生だな。昨今では珍しい教師だと思う。目付きも口も悪いけれど。 あれはこの学園でモテてしまうのは仕方のないことだろう。俺は男に興味ないから別に惚れはしないけれど。 そんなことを考えていると、知らずのうちに口角が上がってしまっていた。緊張が少しだけ解けたような気がする。 「よし」 一丁頑張ってみるか。 大丈夫、大丈夫。チャラ男っぽく陽気に入ればいいだけだ。 そして深呼吸をした後、俺は一週間振りに生徒会室の扉に手を掛けた。 「おっはよー!」 扉を勢い良くガラッと開けて、放課後のこの時間には似つかわしくない台詞を大声で放ちながら生徒会室に足を踏み入れる。 「…あれ?」 「……あ?」 しかしそこには犬塚の姿はなく、目の下にクマを付けた会長だけがいつもの席に座っていた。 必然的に目が合えば、少しだけ驚いた表情をしている会長。そしてかくいう俺も、てっきり二人居るものだと思っていたから、少し戸惑ってしまった。 「あ、えっと…」 「………」 元気よく登場したのはいいものの、次に何を言えばいいのか分からない。というか会長の目元に出来たクマは確実に俺のせい、だよな? まずは最初に「仕事をサボってごめんなさい」と言うべきか。 「…愛咲」 どう言い出すべきか迷って何も言えないままの俺。しかしそんな俺よりも先に会長が口を開いた。 「な、なぁに?」 「コーヒー」 「……は?」 「コーヒーを淹れろ」 「あ、はぁい。りょーかいです」 てっきり怒られると思っていただけに、会長のコーヒー淹れろ発言に少しびっくりした。確かに皆の分の飲み物を用意するのはずっと前から俺の役目だったけれど。 逆らう必要性もなく、俺は素直に会長の言葉に従った。 生徒会室に備え付けられている給湯室に滑り込むようにして入る俺。決して気まずいから逃げたというわけではない。 しかし久しぶりに会ってすぐに「コーヒーを淹れろ」はなくねえか?俺はお前の召使いでも下僕でもないっつーの。でもまぁ。怒られなかっただけマシか。 …以前転校生の尻を追い掛け回して長い間仕事を放棄していた生徒会長に怒られる筋合いもないけれども。 そんなことを思いながら俺はカップを手に取った。 「………」 黒のラインが入った会長用のカップ。 色違いで買ったこのカップも今では三人分しか扱うことはなくなった。そういえば最近見掛けてもいないが、副会長と庶務の双子はどうしているんだろうか。 副会長は会長とは真逆でコーヒーよりも紅茶派。そして双子はというと兄はコーヒーにミルクを少量、弟はコーヒーに砂糖を少量入れたのが好きだった。 「あいつら元気にしてんのかな…」 六人分の飲み物を用意していた時の事を思い出して懐かしい気持ちと感慨深い気持ちになるものの、別に寂しいとは思わない。それは俺が冷たい性格の持ち主だからか、それとも特殊な性癖を持つ(色々な意味で)愉快な二人が残ってくれているからなのか。 おそらく両者どちらもだろう。 ただ少々不安だ。 あいつらの安否もだが。 …今後の生徒会のことも。 「…出来た」 今後どうなるのか、どうすべきなのかは分からない。だけど会長と犬塚が戻って来てくれただけでも今は十分だ。もしかしたら副会長も双子も、二人の様に戻ってくれるかもしれないし。そんな淡い期待を抱くくらいは別にいいだろう。 その事は今後会長と犬塚とゆっくり話し合えばいい。 だから今はコーヒーを待っている会長の元に戻るとするか。 「会長、おまたせー」 若干を声を高めにして語尾を間延びした喋りの俺の姿を見て、会長は掛けていた眼鏡を外した。 日頃は裸眼のようだが、会長は仕事が忙しい時だけ眼鏡を掛けている。その眼鏡を外す仕草さえも見目麗しいのだから腹が立つ。やっぱりイケメンは何をしても様になるものなんだな。 「はい、どぉぞー」 自分で言うのもなんだが、俺も世間一般的に美形に分類される方の立場なのだろうが、やっぱり会長と比べると断然劣る。 早く此処から離れたいと、若干の劣等感を抱きつつ、会長の机に淹れ立てのコーヒーが入ったカップを置こうとした瞬間だった……。 「…熱っ、!?」 ……会長に腕を掴まれたのは。 もちろん淹れ立てのコーヒーが入ったカップを置く前だったので、腕を掴まれた反動で少量だがコーヒーが零れ、その滴が俺の指に落ちる結果となった。腕を掴まれたのは驚いたが、それよりもその熱さの方が勝る。 「…なに?離してよ」 会長も以前犬塚にコーヒーを頭から浴びせられたから、そのことへの仕返しだろうか。それならばその抗議は御門違いだ。根本的に最初から会長が悪いのだから。 「離してってば」 苛立ちの所為で若干声が低くなってしまったが仕方のないことだろう。 しかし会長は俺の腕を離すことはなく、俺の手の中からカップを奪い取り、そして机に置いた。 もしかしたら俺も頭からコーヒーを浴びせられるのだろうかと内心冷や冷やした。だってあの時会長が無事だったのは少し時間が経っていたコーヒーだったからであって、淹れ立てであるそれを浴びせられたのであっては無事では済まないだろう。 火傷を心配していた俺は、会長が次に取った行動に息を呑むこととなった。 「……っ、!?」 だって。 滴が掛かった俺の指を会長が銜えたから。 「な、にして…ッ」 この行動には驚いて、逃げるように反射的に腕を引く。だが痛いくらいに腕を掴まれている所為で腕を引くことも、この場から逃げることも出来ない。 「やめ、っ、ばか…ぁ」 熱い口内の中で会長の舌はヌトリ…と何かを彷彿させるように淫猥な動きで俺の指を舐める。 火傷してしまっているであろうその部分を執拗に舐められて痛みよりも、皮膚が刺激されてむずむずする。 今では瘡蓋になっていて痛くもないはずなのに、一週間前に会長に噛まれた首元が何故だかツキリと痛んだ。何故今頃になってそこがと思いながら、反射的に空いている方の手で首元を押さえれば、会長が鼻で笑った。 何を笑ってるんだこいつは。 その何らかの意味を含んだ会長の笑みに俺は嫌な予感を感じつつも、そのお綺麗な顔の何処に拳をぶち込んでやろうかと思案していた。 自尊心やその他諸々をこいつにバキバキにへし折られたんだ。 鼻の一つや二つくらいへし折っても問題ないんじゃなかろうか。 「……ッ痛、!」 だが俺が行動を移すより先に会長の行為は度が増した。 何と俺の指を舐めるだけでは飽き足らず、歯を立ててきやがったのだ。 「い、痛いってばぁ…」 しかもその噛まれている部分が火傷している部分なので相当痛い。偶然にしても酷過ぎる。傷を抉る様に歯を立て、そして齧られる。 「、は…、かいちょ…ぉ」 悔しいがめちゃくちゃ痛い。 だが負けっぱなしなのは気に食わない。 しかもその相手が会長とならば尚更だ。 俺はお返しとばかりに、会長の上顎に爪を立て引っ掻いた。 「……、」 いくら身体を鍛えているといっても、口の中は鍛えられまい。さぞ痛いことだろう。俺の反撃に堪えたのか、会長の動きが止まった。 はっ、ざまあみろ。 今この場でレモンでもあれば良かった。 そうすれば会長の口に突っ込んでやったのに。 おもいきり引っ掻いてやったので絶対傷になっているはずだ。さぞ痛むだろうな。 ばーか、ばーか。 「……ッ、!?」 そんなことを考えながら鼻で笑って会長を見下していたら、会長が再度俺の指に噛み付いてきた。しかも今度は指の根元。まるで俺の指を噛み千切らんとばかりに力を込めて噛んできたので、さすがの俺も少し泣きそうになった。 だがどうやら会長はそれで満足したらしく、チュッと極めて可愛らしい音を立てて俺の指を解放してくれた。 「………」 見るのが怖かったが恐る恐る自分の指を確認してみる。 舐められ、吸われ、噛まれた所為で鬱血しているがどうやら血は出ていないらしい。 だが根元を噛まれた際に付いた歯型が非常に不快だ。 指をグルリと一周しているその歯型はまるで形状のない指輪をしているように見える。 しかも偶然は重なるように、その指は左手の薬指。 「………」 本当、最悪…。 「…かいちょーはさ、」 「あ?」 「吸血鬼か何かなの?」 それとも狼男?と普段より低い声で首を傾げる俺に会長はさも愉快そうに笑ってこう言った。 「お前限定のな」 「…なぁにそれ?」 「そのままの意味だ」 「よくわかんない」 分かりたくもないけれど。 何故俺限定で吸血鬼にも狼男にも変身するのか。どんだけ俺を恨んでるんだよ。確かに俺達はいつも口喧嘩していたが、殴り合いの喧嘩は一度もしたことはない。 もしかしたら会長は今まで我慢していただけで、本当は俺のこと傷付けたかったのかもしれない。多分このまま度が過ぎれば殴られること間違いなしだろう。 ……それは、やばいな。 だって俺に勝ち目ないじゃんか。 口喧嘩なら負ける気はしないが、その反対に拳を使っての喧嘩は勝てる確率ゼロだろう。 「じゃぁ今度から俺は、十字架とかニンニクとか持ち歩くことにする」 「はっ、そんな物利かねーよ」 「……だったら、弱点はなに?」 「ない」 ……さいですか。 「かいちょーは弱点がない強者だってよく分かった」 呆れながら皮肉混じりにそう言えば、「何だ、今更理解したのかお前。馬鹿だな」と言われた。 馬鹿にしたつもりだったのに逆に馬鹿呼ばわりをされて腹が立ったが、ここで一々切れていたら話が進まない。 「そんな強者さんは早く何処かで欲を発散してきなよ」 「…は?」 「俺がサボっていた所為で仕事に追われてそんな暇がなかったのは分かっているよ?その件は、ごめんね。でもだからって手頃な俺で性欲を解消しようとするのはやめてよ」 「…何言ってんだお前」 「欲求不満なんでしょ?」 ね?と首を傾げながら訊ねれば、会長は何故かゴクンと喉を鳴らしながら一度だけ頷いた。 「うん。そうだよね。だから俺がかいちょーの分の仕事も終わらせておくから、セフレにでも会っておいで」 「………」 「えー。何でだんまり?あ、俺のあまりの気の利きように感動しちゃった?もうっ、お礼は良いから早く行ってきなよぉ」 意訳。早く俺の傍から離れて何処かに行け。 一週間前に首を噛まれたことと、先程指を噛まれたことは絶対に許さない。早く忘れたいけれどあまりにもとんでもない出来事だったので忘れたくても忘れられそうにない。 大体何で俺にこんなことするんだよ。あまりのアブノーマルな性癖にセフレの子全員にドン引きされたのか?だからむかつく俺で発散させようと…? それなら新しい子見つけるとか、街に出て誘いに乗った可愛い女の子でもお持ち帰りすればいいじゃないか。どうせ会長なら男女問わず楽々お持ち帰り出来るだろうし。俺なんかに手を出すより全然いいはずだ。 そんなことを思っていると、会長があからさまに大きく溜息を付いた。 「な、なんだよぅ?」 「……馬鹿だろお前」 「は、はぁ!?」 「馬鹿だ馬鹿だ思っていたが、ここまで馬鹿だったとは…」 「ば、馬鹿馬鹿うるさいっ」 何度も言うが俺は馬鹿ではないぞ。犬塚や会長や副会長には劣るけれど順位は四位をキープし続けている。 「お前は馬鹿だからこの俺様が分かり易いように、一から説明してやる。いいか、よく聞いてろよ」 「……っ、」 「一つ、俺にセフレは居ない」 「へっ!?」 「口を挟むな」 「……むー」 「二つ、俺は一途な男だ」 「あははっ、何処がだよー」 「…黙ってろ」 「だって、かいちょーが面白いこと言うからさー」 真面目な顔して何を言っているんだ会長は。 だって会長だよ。セフレとヤりたい放題ヤってるこの会長だよ。そんな会長が一途とか有り得ない。 口を挟むなと言われていたが、会長の言葉が面白くて、超ウケるッと手を叩きながら笑っていたら、急に腕を掴まれた。 「な、なに?」 あれ? これって、何か嫌な予感……。 「煩い口は塞いでやらないとな」 ……予想的中。 だが行動するには時既に遅し。 分かっていたのに逃げることが出来ないまま、段々と近付いてきた会長にキスをされてしまった。 「ひ、っん!?」 触れるだけで済んだ前回とは打って変わって濃厚なキス。熱くてヌルっとした会長の舌が、抵抗する間もなく強引に口内に入り込んできた。 「ん、っ、ふ…ァ、っ」 舌先を甘噛みされ、根元を引っ張るように舌を絡め取られてしまえば変に上ずった声が出てしまう。 でも嫌だ。違う。こんな声出したくないのに…っ。 それなのに勝手に反応してしまう自分の身体が嫌で嫌で仕方がない。 しかもだ。 「セフレと遊んでいるチャラ男な会計」としての道を進んでいるというのに、一々キスくらいでこんなに過剰な反応をしていたら俺の素面を疑われてしまう事間違いないだろう。 それに。こんな奴に、未だ童貞のキス未経験者だという事を知られたくない。男女共に経験が豊富であろう会長に馬鹿にされたくはないのだ。 「は、ぁ、ん…ッ、も、いや…、」 だけど。 逃げようにも、自分の身体だというのに己では対処が出来なくなるほどに身体が震えてしまって上手く言うことを聞かない。会長に腰を支えて貰って寄り掛かっているから何とか地に足を付けて立ってられているが、この支えがなくなったが最後。 きっと無様に床にへたり込んでしまうだろう。 嫌だ嫌だ嫌だ。 そんな姿を会長に見せてみろ。きっと卒業するまでずっと「俺のキステクで腰砕けになった癖に」と何かにつけていちゃもんを付けられるに違いない。 「…ふ、っ、はぁ、」 だから俺は絶対に腰を抜かして床にへたり込まないように、会長の着ている制服を両手でギュッと力強く握って縋り付いた。 だがどういうことだろうか。 「は…っ、愛咲、」 俺のその行為が甘えているようにでも捉えられてしまったのか、会長はまるで愛おしい者を見る目で俺を見下ろし、今まで聞いたこともないような甘い声で俺の名前を呼んだ。 しかも極め付けには、俺の顔中にキスの雨でも降らすかの如く唇を落としてきたのだ。チュッ、チュッ、と可愛らしい音を立てて、額や頬、そして鼻の頭や口の端など至る所に優しくキスをされてしまった。 「かい、ちょ…、」 これは色々とやばい。 これではまるで恋人との甘い一時のようではないか。 全然そんな気なんてないのに、雰囲気に飲まれてしまいそうだ。 「だ、めっ」 俺の服を脱がしに掛かろうと動く会長の手を、俺はペチンと叩き落として呼吸を整える。 だがそんな俺の抵抗など、会長は戯れとしか思っていないようで、馬鹿で強姦魔な会長は再度俺の服を脱がそうとしてきた。 その間も怖がる俺を落ち着かせようと優しく頭を撫でたり、背中を摩ってきたりする辺り、もしかしたら本当に言っていた通り、会長は意外と恋愛らしい恋愛をすれば一途で優しい彼氏になるのかもしれない。 だがそんな会長の意外で良い一面を知れたからといって、極めてどうでもいい。 「…もう、だめだってば」 優しくするならば本命の奴でも見つけて、そいつで実践してやれ。 「離してよ」 「此処をこんなにしてるくせによく言うぜ」 「ちょっ、もうやめて…、」 「キスよりもっと気持いいことしてやるよ」 「うるさいっ、バカ!かいちょーのキスなんか気持ちくもなんともないし!むしろキモイし!」 「……あ゛?」 会長のドスの利いた声を聞いて、自分が地雷踏んでしまったことに気が付いたのだが、後悔先に立たずというのはこういうことを言うのだろうと俺はぼんやりと思った。 「愛咲」 「な、なんですかぁ?」 「よく聞こえなかった。もう一回はっきりと言ってみろ」 ちゃんと聞こえてたくせによく言うよ。 つまり会長が言いたい事は、「先程の無礼な発言は不問にしてやるから、正しい事を再度述べ直せ」ということだろう。 そんなに己のキステクが低いと言われて腹が立ったのだろうか。 だが残念だったな。如何せん、俺の方が会長の何百倍以上も腹が立っている。 そんな俺が素直に会長が求めている言葉を言うわけがない。 自分の捻くれ度は学園中の誰にも負けないと自負しているくらいなのだからな。 なので俺は会長を挑発するように、手を叩きながらわざとヘラヘラと笑ってはっきりと言ってやった。 「かいちょーのへたくそー」 「……あ?」 そうすれば会長はあからさまに不機嫌な表情を浮かべた。 眉間の皺が数本増えたのがはっきりと分かる。ふんっ、いい気味だ。このままもっと馬鹿にしてやろう。 「能無しのテク無しぃ」 「はっ、腰砕けてたくせによく言うぜ」 「なっ!?…ちゃ、ちゃうわ!」 だがすぐに言い返されて言葉が詰まってしまった。 何ということだ。腰が砕けていたことがバレていたとは…。 最悪だ。一生の不覚。 この事は今の内に上手く誤魔化さないと後々ややこしいことになってしまうこと間違いなしだろう。 「か、かいちょーより、俺の方が十倍以上上手だしー」 「…ふーん」 あ。何だその不信そうな目は。 俺のことを疑っているのか?まぁ、確かに嘘八百なんですけどね。 まだキスの経験ないから上手いとか下手とか知らないし(野郎とのはキスとしてカウントしない)。 「随分ないい様だな」 「まぁね。自信あるもん」 「そうか。それなら俺にキスをしてみろ」 「…はぁ?なんでそうなるの?」 「自信があるんだろう。だったら何の問題もねぇだろうが」 馬鹿か。 問題大有りだっつーの。 何が悲しくてまた男とキスしないといけないんだ。しかも今度は自分から仕掛けるなんて。絶対に嫌だ。無理だ。 「ざんねんでしたぁ。俺は自分より身長の低い可愛い子ちゃん以外とはキスしない主義なんですぅ」 「何だ。逃げんのか?」 「ち、違いますー!」 「だったらしろよ。おら。」 「……っ、」 何こいつ。まじで有り得ない。 こういう時に限っていつもより頭の回転が良いのが腹立つ。偶然なのか、こいつの策略なのか、逃げ道を塞がれた気がする。 そう言われてしまったらこれ以上打つ手がないじゃないか。 「す、すればいいんでしょー、もうっ」 「いい子だ。ほら、愛咲来い」 「………」 ばーかばーかばーか。 色情魔。変態。節操無し。 とりあえず言いたい放題会長の悪口を言いながら俺は腹を括った。 べ、別に大したことはない。犬塚の時と同じだ。犬にキスするような感覚で終わらせればいい。例えそれが舌を入れなければいけない、ディープキスだとしてもだ。 キスの経験はないけれども、もしかしたら俺には天性の才能があるかもしれないじゃないか。 そしたら会長にぎゃふんと言わせるチャンスじゃないか。 「会長…、」 「…どうした?」 「目、瞑って?」 「……ああ」 俺からキスしやすいようにしてくれたのか、会長はほんの少しだけ体勢を低くしてくれた。それは会長なりの気遣いなのだろうが、俺からしてみたら腹立たしいことこの上ない。 足の小指でもおもいきり踏ん付けてとんずらしてやろうかとも考えたが、俺は気付かれないように一度だけ深呼吸をしてから会長の頬に手を添えた。 そして俺も目を閉じる。 別にムードとかマナーとかではなく、視界を遮断したかっただけ。 そう。それだけだ。深い意味など決してない。 「……ん、」 俺の唇と会長の唇がくっ付く。 まさか自分から野郎相手にキスを仕掛ける日が来るとは…。 って、いやいやいや。これはキスなんかではない。決して違うはずだ。例えこれがキスだと言い張る奴が居たとしても、野郎相手だからカウントされないから大丈夫…、なはず。 もう色々と取り返しが付かないほどに大事なものを失くしてしまったような気もするが、ここまで来たらもはや引き返すことなど出来ない。副会長と双子の庶務だけではなく、また会長と犬塚を失うのは痛過ぎる。だから生徒会と学園の平穏を保つために、俺はきっちりとチャラ男キャラを演じなければ。 チャラ男がキスが下手でどうする。だからどうにかして会長を驚かせる程度にやりきらなければいけない。 もうこうなれば自棄だ。 「、ふ…、ン」 今まで犬塚と会長が俺にしてきた舌使いを思い出しながら、俺はおそるおそる会長の口の中に舌を忍ばせてみた。 だが好き放題にされていた今までとは全く違うことに戸惑ってしまう。 今までは無理やり絡ませようとしてくる舌からただ逃げるだけだった。自分から仕掛けなければいけないのはこんなにも難しくて恥ずかしいことだなんて知らなかった。 「…、っ、」 とりあえず。今までされたように試しに会長の舌に軽く噛み付いてやった。 そして尖らせた舌先でなぞるように会長の舌の裏を舐める。そうすれば互いの唾液が混ざり合ってクチュっと水音が立って余計に恥ずかしくなった。 されるのとするとは気持ちも感覚も全然違う。 何だよ。キスって。こんなにもえっちいことだなんて知らなかったぞ。 卑猥過ぎる。皆こんなことしてるのか。破廉恥だ。 とにかく早く終わらせてしまおう。 「ん、…ふ、ぁ」 舌と舌を絡ませてみる。 ぬるぬるした感触がなんとも言えないが、不思議と嫌悪感が沸かないのは何故だろうか。 …あ。目を瞑ってるからかな。そうに違いない。 そして会長の舌をチュッと吸い付く。 初めて自分からキスを仕掛けたけれど意外と様になっているんじゃなかろうか。もしかしたら俺には本当に天性の才能があるとか…? 「………」 今ならば会長の無様も見れるかもしれないと思い、瞑っていた目をコソリとおそるおそる開けてみる。 ……すると、 「…っ、!?」 合うはずもない目が合って、驚きのあまり俺は会長の口の中から舌を抜き取って二歩ほど飛び退いた。 「な、なな何で、かいちょー、目開けてんの!?」 「ふはっ、…だって、お前、下手くそ」 「……な、ッ」 嬉しそうに笑う会長に恥ずかしくなって、一気に体温がブワッと上がって行くのが分かった。 なっ、何でそんなに嬉しそうに笑ってるんだよ。そんなに俺の弱みを掴んことが嬉しいのかこんにゃろう。くそっ、腹立つ。会長が「ふはっ」と笑った所なんて俺初めて聞いた。 「必死に舌を絡めてくるお前まじ可愛過ぎ」 「…う、うるさいっ」 一体こいつは何時から目を開けていたんだ。俺はちゃんと瞑ってとお願いしていたのに。まさか最初からなんて言わないよな…? クソッ。最悪だ。もう死にたい。 だがそれより先にきちんと口止めをしておかないと。 「か、かいちょ…?」 「あ?」 「お…、お願いだから、このこと、…誰にも言わないでよ?」 遊び人でセフレが多いという俺のチャラ男キャラが崩れてしまってはいけない。 見上げる形で頼み込めば会長はニヤリと口角を上げて笑った。 あ。嫌な予感がする。 「いいぜ。条件があるけどな」 ほらな。やっぱり。 「……条件って?」 「俺の名前呼べよ」 「へ…?」 …え?それだけで、いいのか? もっと酷い条件を突きつけられるかと思っていた。 例えば「三ヶ月間俺の仕事をやっておけ」とか、「坊主頭にしろ」とか。 「名前だ。呼べるだろ」 「………」 「おら、言えよ」 「…ほ、焔会長?」 「いい子だ」 だが。 会長が満足そうに笑っているから、これでいいのだと思う。

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