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先生√3

生徒の皆は真面目に授業を受けている真っ只中だろう五限目。 その最中になっちゃんの隣でポロリと零した俺の発言は、事を大きく変えることになったのだった。 「…でもこれは本当にいいのか?」 なっちゃんから受け取った鍵。それにはキーホルダーも何も付いていない。六限目の授業に参加しながら、俺はそれを見つめて小さく呟いた。 事の発端はこうだ。 食堂で俺達二人が揃って食事していたら皆騒ぐだろうね、と発言した俺の台詞から。 先生からの厚意で食堂のご飯を食べれるのは嬉しいけれど、これ以上変な噂が広まるのだけは絶対に阻止したい。それに色々な意味で俺達二人はこの学園では注目の的だ。皆が騒ぎ立てる中、落ち着いて食事など出来るわけがない。そのことに苦笑いを浮かべる俺に、なっちゃんはサラッとこう言った。「だったら俺の部屋で食えばいいだろ」と。 いやいやいや。生徒が教師寮に入ったら駄目ですから。あんた教師なんだから規則を破るような発言しちゃ駄目でしょ。俺も生徒会役員だし規則は破れないよ。と、いうような事をやんわりと言ったものの、「それなら仲良く噂されながら食べるか」というなっちゃんの発言に俺は押し黙ったのだった。 「…だって、ひっそり静かに味わいながら食べたい」 それにもう噂の種にされるのは嫌だ。 でもだからって、教師寮に先に忍び込むような真似をしなければいけないとは…。俺が深く吐いた溜息は、終了のチャイムに掻き消された。 「………」 ということで、俺は今こっそりと教師寮に入り込んでいる。 なっちゃんはSHRの間ならば、生徒どころか教師すらも此処には近寄らないと言っていたものの、やっぱり誰かにばったり会うのではないかと冷や冷やする。俺は機敏な動きで目的の部屋まで辿り着くと、受け取っていた鍵で扉を開け、滑り込むように部屋に入り込んだ。 「まるで、泥棒にでもなったようだ…」 額に掻いた冷や汗を手の甲で拭い、安堵の溜息を吐く。 此処ならば誰の目も気にせずに済むだろう。そして俺は改めて先生の部屋を見て、少し驚いた。 何というか。意外というか。 職員室や社会科研究室の机周りを見て、てっきりなっちゃんは綺麗好きだと思っていたが、どうやらそれは違っていたようで。足の踏み場もない程散らかっているわけではないが、この部屋はそれなりに物が乱雑に散らばっている。教科書は床に置かれたままだし、プリントは整理されずに放置されたままだ。それに脱ぎ散らかされたシャツがちらほら見られる。 男の部屋だしこんなものだろうと思うけれど、少しだけなっちゃんに抱いていたイメージが変わった。どちらかというとそれは良い方に。完璧な人間かと思っていたが、やっぱり必ず人には欠点というものがあるんだなと、何だか少しホッとした。 「しかしこれは…放置するのが正解なのか?」 奢って貰うかわりに部屋の掃除でもしてあげた方がいいのか。それともこのまま何も触らず、なっちゃんの帰りを待っていた方がいいのか。すごく悩むところだ。 なっちゃんは自分の居ない所で勝手に物を触られるのは嫌な人かもしれない。そうだとしたら何もせずに大人しく待っているのが正解だろう。それにもしかしたら、ただ乱雑に散らばっているように見せて、こだわりの置き方があるのかもしれないし。 だけど片付けもせずにただ座っているだけなのも、どうなのかなぁと思う。不躾な奴だと、気が利かない奴だと思われるのも嫌だ。 一体どちらが正解なのだろうか。むしろ正解があるのかすらも分からないけれども。 「うーん」 一頻り悩んだ末に俺が出した答えはというと。 はっきりとした答えなどないから、この中間の行動を取ろうと思う、だ。 とりあえず散らばった教科書を重ねて隅に置き、プリントもその上に日付順に重ねて置いた。脱ぎ散らかされていた服も一箇所に纏めて置いておく。洗濯籠に入れようとも思ったけれど、それは止めておいた。やり過ぎない程度に片付けておくのが吉だろう。 後は少し埃が溜まった机を拭いて綺麗にしておこう。 「…ある程度は綺麗になったな」 立ち上がって周りを見渡してみる。先程よりは断然片付いて見えるが。 今更ながら、やっぱり何もしない方が正解だったのではないかとも思えてきて、少し不安になる。 「………」 人の物に勝手に触るなとか怒られたらどうしよう。今からでも遅くない。怒られる前に元に戻しておくか。 そう思って、積み上げておいたプリントを手に取った時だった。 玄関からガチャリと聞こえてきたのは。どうやら最悪なタイミングで帰って来たようだ。 俺はもうこれ以上どうする事も出来なくなり、再度プリントを積み上げておいた教科書の上に置いて、玄関先に向かった。 「なっちゃん。…あの、その、おかえりなさい」 「………」 なっちゃんが持っていた鞄を受け取り、不安に苛まれながら見上げれば。 何とも驚いたような表情をしたなっちゃんと目が合った。 「なっちゃん?」 「あー。いや、…ただいま」 玄関には段差があるため、いつもより身長の差が露骨に現れない。だけどなっちゃんはまたもや俺の頭に手を置き、ポンポンっと撫でてきた。俺の頭がいい位置にあるからとか言っていたくせに、結局はどの高さでも撫でるんじゃないか。 口元を尖らせて俯けば、なっちゃんはまるで子供を相手するかのように、俺に目線を合わせるように屈んで見上げてきた。その行動に少しムッとしたものの、俺は何も言わずに黙り込む。 「愛咲?どうかしたか?」 「んー…、いやぁ、なっちゃんが怒るかなぁと思って」 ちょっと不安に苛まれ中…と言えば、なっちゃんは不思議そうに眉間に皺を寄せた。 「俺が、愛咲に?何でだ?」 「…部屋の物勝手に弄っちゃったから」 「あ?」 まるで俺の言っている事が分からないといった表情を浮かべたなっちゃんは、俺に聞くより見る方が早いと思ったのか、そのまま部屋の奥へと進んで行った。 「ああ、片付けてくれたのか」 「そうだけど…怒ってない?」 「何で片付けてもらって怒るんだよ」 ふっと笑うなっちゃん。いや、まぁそれはそうかもしれないけどさ。 そうか。なっちゃんは別に人に物を触られても嫌がるタイプの人じゃなかったのか。不安になって損したというか、安心したというか…。とりあえず怒られなくて良かった。 「お前な、気を遣い過ぎだ」 「いや、そんなことはないと思うけど」 否定するものの、すかさず「いや、遣っているだろ」と突っ込まれてしまえば、それ以上何も言えなくなってしまった。でも年上に多少の気を遣ったり、気を配ったりするのは当然のことではないだろうか。そう思ったが、年上に気を遣うことが出来ないというより、しようとはしない者がかなり身近に居る事に気付き俺は苦笑いを浮かべる。 「その間延びした喋り方へのキャラチェンジも何かの理由があってなんだろうが、無理して頑張り過ぎるなよ」 辛くなったら俺でも誰でもいいからすぐに頼れ。なっちゃんはそう言って、俺の髪の毛を掻き混ぜながら撫でてくれた。 「…うん」 なっちゃんのその発言が嬉しくて素直に頷いた。…のだが。 「はっ!?あ、…え?!」 自然過ぎて聞き逃す所だった。今何でもないようにサラリと衝撃的発言をしなかったか?!“間延びした喋り方へのキャラチェンジ”? 「…何だ?どうした?」 ポカンと阿呆のように口を開けて呆ける俺を見て不思議に思ったらしい。なっちゃんは俺の様子を伺うように顔を覗き込んできた。 「………」 「…愛咲?」 「あ、いや、その」 ここは深く訊ねた方がいいのだろうか。でも何て訊ねるよ…。「俺のチャラ男が演技だって知ってたの?」ってか?それこそ阿呆か。そんなこと訊くの恥し過ぎるだろ。どんな顔して訊けばいいのか分からねぇよ。というか今だって凄く恥ずかしいんだけど。顔がどんどん熱くなっていくのが自分でも分かる。 「顔赤いぞ?」 分かってるからわざわざそこを突っ込まないでくれ。余計に恥ずかしくなるから。 もういいや。とりあえず今回は保留とする。今のは聞かなかったふりをしておこう。そうだ。聞き間違いだったんだ。俺の完璧な演技が見破られるはずがない。 「な、何でもないよ」 「そうか。…部屋を片付けてくれてありがとうな」 「あ、うん。大丈夫だったならもっと本格的に片付ければ良かった」 「だから気を遣うなって。いいんだよ、適当で」 どうせすぐに散らかるからな。と当たり前のように真顔で言うなっちゃんに思わず笑ってしまった。 「なっちゃんって綺麗好きかと思ってた」 「俺は結構適当な人間だ」 「何でそこで威張るの?」 プッ、と吹き出して笑えばなっちゃんもニヤリと笑う。 「どうしようもなくなったらお前に片付けて貰うから大丈夫だ」 「…俺が断ったら?」 「断らねえだろ?」 「まぁ、そうだね」 「俺はお前のその優しさに付け込むから」 「なーんか嫌な言い方。なっちゃんなら別にいいけどさぁ」 「だからお前は俺以外に付け込まれるなよ?」 「……?、うん」 何だか変な方向に話が流れて行ってしまったような気がする。よく意味が分からなかったが、とりあえず頷いておいた。気持ちが籠っていない俺の返事だったが、なっちゃんが満足そうに笑ったからこの返事で合っていたのだろう。 そして会話に一段落が付いた所で、なっちゃんは腕時計をチラリと見た。 「六時過ぎか…」 「ご飯にする?」 「お風呂にする?」 「それとも、俺?…って、馬鹿!変なこと言わせないでよ」 「お前が乗っただけだろうが」 「むー」 少し前まではただの堅物で嫌味な奴だと認識していたのだが、話せば話す内に全然違うことに気付いていく。こんなノリがいい会話はこの学園に来て初めてなような気がする。前の学校ではこういう馬鹿な会話が多かったけれど、今は全然ないからな。素で話せる感じが楽でいい。 「腹減ったか?」 「減った!」 「ふっ…、だったら頼むか」 「うん、お願いしまーす」 安い物。なるべく安くて美味しそうな物を選ぼう。メニュー表を眺めながらそう考えた結果、サンドウィッチとポテトサラダを単品で頼む事にした。なっちゃんは俺の選択に眉を顰めていたが、そのまま何も言わずに電話を掛けに行った。 そして。 それから待つ事三十分弱。頼んだご飯が部屋に届けられたのだが。 「…あれ?」 俺が頼んだはずのサンドウィッチとポテトサラダとは別に、何故かなっちゃんの分だけではなく、二人分の和風御膳がお盆の上に乗っていた事に俺は目を白黒させた。 ん?配膳違い? 「ああ。悪い。俺が頼み間違ったようだ」 「……へ?」 「俺一人では食えねぇから、愛咲それも食ってくれ」 何でもないようにそう言ってのけるなっちゃんに俺はこう思った。 ああ、やっぱりこの人には適わないな、と。 気を遣い過ぎているのは俺ではなくなっちゃんじゃない?と訊ねようとしたが止めておくことにする。 「あー。もうすっごく美味しかった!」 奢りだから余計にとかそんなの関係なく。久しぶりに食べた食堂の料理はすげぇ美味かった。和風御膳はもちろんの事、サンドウィッチもポテトサラダも有り難く完食させて頂きました。何度お礼を言っても足りないくらいだ。 「こら、声が大きいぞ」 「あはは、ごめんごめん」 俺は笑いながら小声で謝る。実は今、なっちゃんに生徒寮まで送り届けて貰っている途中である。確かにこんな時間にこんな所を誰かに見られたらもう言い訳とか出来ないだろう。ただの噂が真実に変わる瞬間と言えよう。 「もう此処までで十分だよ?」 「阿呆言うな。危ねえだろうが」 「いやいや、大丈夫だって」 教師寮と生徒寮は少し離れた場所に建てられており、徒歩十分弱くらい掛かる。だからといって、わざわざ送って貰う必要はないはずだ。確かにもう既に外は暗い上に、茂みが多いが、此処は関係者以外は絶対に入って来れない場所なのだから。それにこの学園に同性愛者が多いといっても、いくら何でも俺を襲うマニアックな奴等などそうそう居ないだろう。 「いいから大人しく送られてろ」 「…はーい」 だけどこう言われてしまえばもうこれ以上何も言えない。男としてのプライドが多少なりとも傷付いたけれど、だってこれはなっちゃんなりの“気遣い”なのだから。なっちゃんって極悪顔(ただし悔しい程の美形)の割に紳士だよなと思っていたら、おもわずクスッと笑いが溢れてしまった。 「何だよ…?」 「ん?先生って優しいな、と思ってね」 「………」 「えっ?何でそこで無言になるの?」 珍しく褒めてあげたのに。そう言って頬を膨らませて怒ったように見せれば。今度は深い溜息を吐かれた。…何その反応?何か馬鹿にされてたようで若干腹が立つんだが。 「なっちゃん?」 「そこで先生呼びは卑怯だろ…」 「えー?何で?」 「そしてそういう表情はこの学園では止めておけ」 「………」 なっちゃんの台詞に今度は俺が黙る。「それってどういう意味?」なんて聞くまでもない。だって俺はそこまで鈍くないから。でもそれはもっと可愛らしい生徒に使うべき言葉だと思う。間違っても俺のような可愛気もない野郎に使う言葉ではないはずだ。もはやそれは俺にとっては優しい忠告というより、心を抉る言葉の暴力でしかない。 …いや、確かに俺のような奴が頬を膨らませるのは痛いと思うけれども。でもあいつが渡してくれた文献の中の“チャラ男”はこんな感じだったから、俺も同じような行動を取り続けるよ。なんたって俺を救ってくれた心のバイブルなのだから。 文句の一つくらいなっちゃんに言ってやりたいけれど、これ以上この話が続くのは嫌だったので、俺はもう何も言わずに話を逸らしてやった。 「でも本当になっちゃんが生徒会の顧問で良かったよ。なっちゃんが後押ししてくれたお陰で、こうしてまた生徒会に行けるようになったし」 本当にありがとうね!なるべく小声で再度お礼を述べれば、なっちゃんは俺の髪の毛を掻き混ぜるようにして撫でてきた。 「それはお前が頑張った成果だろ」 「…そう、かな?」 「ああ。副会長やあの双子は話にもならなかったからな」 「あー…」 確かに今の副会長や双子達ならば、なっちゃんだろうとまともな対応はしないだろう。副会長なんかは「ただの教師風情が俺に説教しないでください」とか言いそうだし、双子達も「僕達に命令していいのはあの子だけだから」とか言って話すら聞かなそうだ。 恋は盲目というか、何というか。恋というのは人を大きく変えるものだな。良い方にも、悪い方にも。 というかなっちゃんは俺だけでなく、副会長や双子達にもきちんと諭してくれていたんだな。本当に見た目と反してなっちゃんは良い先生だよ。 「ねーねー」 「なんだ?」 「会長や犬塚はどんな反応を返したの?」 あ、待って。答えを聞く前に想像してみよう。多分会長は「あ゛?舐めた口利いてんじゃねぇよ。俺様の全権力を使ってクビにしてやろうか?」とか言いそうだ。 犬塚は…そうだな。無言で無表情のまま何の反応も返さなそうだな。 …………だけど俺の想像は見事に外れた。 「何で俺があいつらまで説教するんだ?」 というか模範解答が突拍子も無さ過ぎる。当たるわけがない。 「へ?…だってあの二人も仕事サボってたでしょ」 俺がそう言えば、なっちゃんは眉間に皺を寄せならがこう言った。 「神馬と犬塚はずっと仕事してただろ」と。 ***** 「愛咲」 「……」 「着いたぞ」 「…ん」 俺は先程のなっちゃんの発言の意味をグルグルと考えていた。だからもしかしたら道中で話し掛けてきたなっちゃんの言葉すらも何処か上の空で聞いていたかもしれない。 だっておかしい。会長と犬塚も今の副会長や双子達と同じようにあの転入生に夢中だっただろ?だからその結果、生徒会の仕事も俺一人でする事になったんじゃないか。 そうやってあれこれ考えてみたが、何一つ答えは見つからなかった。俺の認識となっちゃんの認識の食い違いの答えもなっちゃんは知らなかったし。これは明日会長と犬塚に問いたださないと解決しないのかもしれない。 「俺の話聞いてるか?」 「うん…聞いてる聞いてる」 「ったく」 グシャグシャと髪の毛を乱暴に掻き混ぜられれば、嫌が応でも俺の思考はそこでストップしてしまう。チラリとなっちゃんを見れば視線がぶつかった。 「撫で方から優しさが感じ取れない…」 「わざとだ」 「意地悪…。なっちゃんの乱暴者ぉ」 「俺の隣に居るのにあれこれ考えるお前が悪い」 「何それー?嫉妬?」 口元に手を当ててわざとらしくケラケラと笑いながら訊ねれば、至って真面目な表情で「そうかもな」とたった一言だけ返って来て、俺は返答に困った。そこは笑い飛ばすか、否定でもしてくれないと俺が寒い奴のようじゃないか。 「………」 「………」 あ、いや。本当に怒ってらっしゃるのか?なっちゃんがどんな表情をしているのか気になるものの、表情を伺う勇気は今の俺にはない。どうしたものかと視線を彷徨わせていれば、この沈黙を破るようになっちゃんが先に口を開いた。 「…悪い」 「あ、いや…俺こそ、ごめんなさい」 そうだ。元々俺が悪いのだ。奢ってもらった上にこうして送って貰っているのに上の空とか極めて失礼過ぎる。それなのになっちゃんから謝らせてしまうとか最低だ。全て俺に非があるというのに。 「悪い」 「なっちゃんは悪くないよ」 「すまん」 「だ、だから謝らないでいいってば」 どうすればこの気まずい雰囲気を払拭出来るだろうか。このままバイバイして解散したいのだが、尚も謝り続けるなっちゃんに俺は頭が混乱しだした。もはやなっちゃんが何に謝っているのかすら分からない。 すると急に伸びてきた長い手に、後頭部をその大きな手の平で添えられたものだからびっくりしてしまった。 「なっちゃん…?」 一体何をするのだろうか。一発叩かれるのか? 訳が分からないまま見上げれば、無表情のままのなっちゃんと目が合った。その端正な顔は男の俺でも惚れ惚れするくらい格好良くて。更に月の光の効果も増してより魅惑に感じられる。この距離ならば睫毛の数すらも数えられそうだと思っていると、一際近くでなっちゃんの声が聞こえた。 たった一言、「ごめんな」と。 そのまま何も出来ずに居る俺に更に近付いて来たなっちゃんは、俺の後頭部を引き寄せるとそのまま自然な流れで髪の毛に唇を落とした。 「………え?」 現状を把握出来ずに内心パニック状態な俺を見て、なっちゃんは小さく笑うと。先程とは打って変わって、極めて優しく髪の毛を掻き混ぜるように俺の頭を撫でた後、そのまま立ち去っていった。 俺は何も言えないまま、その大きな背中を見続ける。 ……一人その場に残った俺は唇を落とされた場所を乱暴に掻き混ぜながらこう呟いた。 「謝るくらいなら、最初からすんなよな…っ!」 何度も繰り返された謝罪の意味を今更分かった俺は、火照った頬を冷ますために、少しだけ外をぶらついたのだった。

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