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書記√END

「おいこら、犬塚」 「………」 「犬塚…!」 …リコール。 その話を会長がしたのはつい三日前。会長はその件を一人で処理したいらしく、あまり生徒会室へと来なくなった。もちろん俺も犬塚も手伝うと申し出たのだが、会長からの返答は決まってこうだ。「俺が責任取って全て方を付ける」。 多分会長は会長でこの事態に陥った責任をヒシヒシと感じているのだろう。でもだからって会長が悪い訳でもないのだから、何も一人で背負い込まなくてもいいのに。そう思うものの、だが当の本人が頑なに意思を曲げないのだから俺からこれ以上は何も言えない。 リコールします、はいそうですか。で、すんなり話が済めば何も苦労はないが、実際はそう上手く行かない。下準備も沢山あれば、上の者に納得の行く理由も提示して、副会長達に書類を書かさなければいけないのだから。 「おい、聞けよ!」 「何だ?」 「何だじゃねえだろうが!触るな!近寄るな!仕事しろ!」 そして会長が居ないことをフル活用するかの如く、当たり前のように肩が触れ合いそうな程俺の近くに座る犬塚。此処最近はかなりスキンシップ過多。 「仕事はしてるだろ」 「…だったらこの手は何だ?この手はっ?」 隙あらば俺の髪や頬、度が過ぎれば太腿すらも撫で回す犬塚の骨ばった大きい手を叩き落とせば、隣からチッと聞こえてきた。おい、お前が百パーセント悪いくせに舌打ちすんな。 「片手でも仕事は出来る」 「ふ、ふざけんなっ」 どんな開き直り方だっつーの。 こいつの事をクールで大人っぽくて格好良いとかいう奴らは確実に騙されているぞ。中身はただの年中発情期な駄犬だからな。いや、犬の方が余程お利口だ。それに何て言ったって犬は可愛い。可愛いは正義。 「ふー」 まともに相手にしたら駄目だ。時間の無駄。労力の無駄。 そんな暇があれば少しでも多くの仕事を終わらせないとな。 数枚の書類を持って席を立ち扉に手を掛ける。 「何処に行く?」 そうすれば案の定、犬塚に声を掛けられた。 「別に…」 「何処だ?」 「…何処だっていいだろ」 わざと冷たく言い放ってみたものの、犬塚には何の効果も無かったようで「俺も行く」と席を立ちこちらに近付いて来た。 「はぁ?いや。来んなよ」 「俺も行く」 「いや、だから…、」 ああー、くそっ。 面倒臭い。 「ふん、好きにしろ」 「ああ。そうする」 ただ職員室に書類を届けに行くだけだというのに、何故わざわざ犬塚と一緒に行かなくてはいけないんだ。だが犬塚のこの様子から察するに、それを伝えたからと言って、易易と引き下がってはくれそうにはない。もう面倒臭くなった俺は、犬塚の好きにさせるようにした。 エレベーターを使わず徒歩で階段を下りる。すると俺の僅か数歩後ろを歩く犬塚が「危ないからエレベーターを使え」などとほざいているが、敢えて聞こえないフリを貫く。 ふんっ。いつもいくら止めろ触るなと訴えても俺の忠告を無視する仕返しだ馬鹿野郎。 それに何が危ないというのだ。それをいうならば俺はエレベーターの方が余程危険に思えて仕方が無い。あんな機械の箱に自分のたった一つしかない命を左右されなくてはいけないと思うと無性に怖く思える。 それに徒歩の方が運動になるしな。デスクワークばかりで鈍った身体には丁度良い。 「そんなにエレベーターが好きなら一人で乗れば?」 首だけ振り返り冷たく言い放てば、僅かに犬塚の表情が変わった。 …それは本当に微量の変化で。多分俺以外の人間は誰も気付かないだろう。 「な、なんだよ?」 自分で言っておきながら少し冷たくし過ぎたかもしれないと、悲しそうな表情を浮かべる犬塚を見て若干後悔する。でもだからといって俺から素直に謝るのも癪だ。それ以上何も言えずただ軽く犬塚を睨み付けていると、その静寂を破るように機械音が鳴り響いた。 俺の尻ポケットでは振動していないので、十中八九犬塚の携帯。 「………」 犬塚はポケットから携帯を取り出し、掛けて来た相手の名前を見ると少しだけ眉間に皺を寄せた。…あまり表情を変えない犬塚の表情を変えさせた相手は一体誰なのだろうか。少し気になるが俺に知る権利はない。モヤモヤする気持ちに舌打ちすれば、チラリと犬塚が此方に視線を向けてきた。 「あ?早く出ろよ」 訳の分からない感情に苛れ、先程よりも一層冷たい態度を取ってしまった。 だけど犬塚は俺の生意気な態度に腹を立てた様子もなく、俺の了承を得ると急いで電話に出ていた。 「……チッ」 つい先程まで電話の掛け方も出方も知らなかったくせに。 どうしようもない機械音痴なお前に操作方法を一から十まで教えてやったのは俺なのに。 …俺のアドレス以外入ってなかったくせに。 そんな危険な思考に陥っていたことに俺はハッとする。 「(何だよこれ。…これでは俺が嫉妬してるみてぇじゃねぇか)」 いや、違う違う。これは別に犬塚への嫉妬心とか独占欲とはではないから。 強いて言うならばあれだ。好き好き言っていた飼い犬が知らない人間に擦り寄っていた所を偶然目撃してしまった時のようなものだ。だから別にそういうあれではない。うん、全然違う。全く別物。何も問題はない。万事オーケー。 「ふんっ」 未だに真剣な表情をして電話を続ける犬塚を横目で見てから、俺は一人で階段を下りる。別に最初から一人で行くつもりだった所を無理やり犬塚が付いて来ただけだし。一人で行動出来るようになってむしろ有り難いくらいだ。電話の主さん有難う。 「………」 …俺って、本当可愛くねー。 軽く自己嫌悪に陥りながら階段を素早く下りていると、急に後ろから腕を掴まれた。その相手とは言わずもがな、犬塚である。 「…何?何か用?」 「戻るぞ」 「は?ふざけんな。何で戻らなくちゃいけねえんだよ」 もう少しで目的地まで辿り着くというのに何で此処まで来て引き返す必要があるというんだ。 「今電話で、」 「…っ、そんなに電話したければ俺に構わずずっとしてろよ!」 「……愛咲?」 突然怒鳴り散らす俺に、犬塚は不思議そうに首を傾げた時だ。 背後から俺の怒声よりも遥かに大きな声で「あー!駿じゃん!」と聞こえてきたのは……。 「こんな所で会うなんて奇遇だな!」 まん丸の大きな瞳。目に入ると痛そうなくらい長い睫。鼻は小さく、唇はぷっくりと柔らかそう。そして、透き通るような白い肌に華奢な身体。 一見すると女子に間違えてしまいそう(むしろ女の子が裸足で逃げ出すレベル)。 だが、男だ。 守ってあげたくなるような外見からは真逆に、その性格は明るい。 敢えて悪く言うならば、五月蝿くがさつ。 俺が見たどの文献にもピッタリと当て嵌まる容姿と中身を持ち合わせたこいつは、良くも悪くも学園の人気者。名前は、日野 陽太(ひの ようた)。 「あー!充も居るじゃん。久し振りー!」 「…うん、ひさしぶりー」 …副会長達を誑し込み、学園を掻き回し続けている奴だ。 とは言っても、こいつも悪意があって引っ掻き回している訳ではないと思う。…多分。 というか、犬塚は日野に対してあからさまに嫌悪感出し過ぎ。後ろから舌打ちが聞こえてきたぞ、おい。 「駿は何処に行くつもりなんだ?」 「んーっと、職員室…かな?」 犬塚だとぶっきら棒に答えるどころか、日野の言葉を無視しそうなので、気を遣って俺が答える。無駄なトラブルは避けておきたい。それに早く此処を立ち去って目的を済ませたいからな。 だが、日野はそれが気に食わなかったようだ。 「…俺は駿に訊いたんだけど?」 「…え?あ、うん?」 「充は勝手に口出すなよなー」 「えっと、ごめんね…?」 「ま、謝ってくれたから許すけどな!」 俺って優しいだろ?と豪快に笑う日野に俺は苦笑いを浮かべる。 …何だったんだ今のは? たった一瞬だったけれど。日野はまるで親の敵を見るかの如く冷たい目で俺を見てきた。いつもとは全く違う日野の態度に驚きを通り越して、恐怖を感じてしまい、思わず一歩後ろに下がる。 …そんなに気に障ることだっただろうか? もしかしたら俺の無駄なお節介が癪に触ったのかもしれない。そうだとしたら少しだけ申し訳なく思う。 邪魔にならないように傍観して時が解決してくれるのを待つとするか。そして隙を見て一人で職員室に行こう。 「そうか。駿は職員室に行くのか!」 「………」 「俺も今から職員室に行くんだぜ!」 「………」 「奇遇だな。一緒に行こうぜ!」 「………」 だが運が悪い事に日野の目的地は俺と同じようだ。 しかし、こうも見事に無視されているというのによくへこたれもしなければ、腹が立たないな。俺だったら即キレてる。 「ほら、早く行こう。な?」 すると何の反応を見せない犬塚の態度を逆手に取るように、日野はスルリと犬塚の太い腕にその細い腕を絡めた。 「(…な、っ?!)」 まるで恋人同士のようなその自然な振る舞いに度肝を抜かれる。 …何だよ、こいつ。 犬塚は日野が俺のことを好きだとか言っていたが、それは全くの見当外れじゃないか。 そいつのターゲットは間違いなくお前だぞ…。 「…離せ」 しかし犬塚は、そんな日野のラブラブアタックを華麗にスルーするどころか、恋のつぼみすらもバッキボキに圧し折るかの如く、乱暴に腕を振り払った。 だけどそんな冷たくて乱暴な態度を取り続ける犬塚に、日野は持ち前のポジティブさを持って「いいじゃん!俺達の仲だろ!」と更に擦り寄っていた。 「(…それは一体、どんな仲なんですかねぇ?)」 何だこれ、何だこれ、何だこれ! 訳が分からないことに、すっげぇ、腹立つんだけど!ムカつき過ぎて吐きそうだ。口の中が胃液の味がする。 犬塚にも日野にも重たい一発をお見舞いしてやりたい気分だ。 「…ふんっ」 知らん。あとは勝手にバカップル従兄弟で好きにすればいい。俺はさっさと用事を済ませて、生徒会室に戻ろう。あの会長だって一人で頑張っているというのに、こんな所で時間を潰している時間は俺にはないのだから。 …それに正直、これ以上二人の顔を見ている余裕がない。 「愛咲」 しかし俺が一人で移動する事に目敏く気付いた犬塚は、日野を置いて俺に着いて来ようとしている。…馬鹿犬め。そんなことをしたら余計に日野が反応するだろうが。怒りの矛先が俺に来るだろうが。 「充!俺の駿を独り占めするなよ!」 …ほらな。 つーか、“俺の駿”って。もうその好意を隠す事すらしないんだな。それとも日野にも余裕がなくなったというべきだろうが。 …………だがな。 「ふざけんな。犬塚はすでに俺の物なんだよ」 …そんな台詞聞かされたら、俺だって猫被り続けられねえから。 いつもみたいにどんな事を言われてもヘラヘラ笑って許す余裕すらねえから。 「クソ餓鬼、目ん玉かっぽじってよく見てな」 俺より背の高い犬塚の腕を引っ張り、有無を言わさず無理矢理屈ませる。俺も少しだけ背伸びをして、同じ男として羨ましい程太くて逞しいその首に噛み付いてやった。 すると珍しく動揺したのか、犬塚は少しだけビクッと身体を震わして身じろいだ。そんな犬塚の様子に、先程までの苛々が嘘のように回復していく。 可愛いワンコには褒美をやらなくてはいけないな。 俺はそのまま噛んだ箇所を労わるかのように、ベロリと舌を這わせて、最後に吸い付いた。…綺麗に付いた赤い印を見て、俺はにんまりと笑う。 「…分かったら、二度と俺達の邪魔するなよ」 その笑みを浮かべたまま日野にとどめの一言を放って、俺は犬塚を引っ張ってそこから立ち去ることにした。 ………背中には突き刺さる程の鋭い視線を浴びながら。 ふは。ふははははは。 すっげぇ、気分が良い。チャラ男として生活するのも楽で楽しかったが、言いたいことをハッキリと言えるのは何と気持ちがいいことだろうか。 そんなことを思いながら、人目も気にせず悪役のように笑って目的地の職員室を目指していたのだが。 「……っわ、!?」 例の如く、犬塚に引っ張られて違う部屋へと入ることになってしまった。 「痛えな、何するんだよ」 「………勃った」 「…、はぁ?」 「責任を取れ」 まさに絶句。 「…なっ、!?」 おそるおそると視線を下に持って行けば。 ズボンの上からでも分かるほどに、そこには不自然な膨らみがあった。 「ばっ、馬鹿じゃねーの!」 今までの何処に勃起する要素があったというのだ。 ばっかじゃねーの!と、再度同じ罵りの言葉を浴びせたのだが、犬塚からの反応は無し。人前で勃起して恥かしいのは犬塚のはずなのに、何でこうも悠々とした態度で居られるのだろうか。何も悪いことをしていない俺の方が焦って騒いでいて馬鹿のようだ。 「(ただの生理現象だ。冷静に対応してやろう)」 落ち着くために、そして話を立て直すために、わざとらしく「ゴホンッ」と咳払いをする。 「犬塚」 「何だ?」 「寮に帰るか、便所にでも行って来い」 何と優しく男前で紳士な対応だろうか。 きっと目の前の男も俺の優しさに感動しているに違いない。 チラリと様子を伺えば、犬塚は僅かに眉間に皺を寄せていた。…何で? 「お前は鬼か」 「…は?」 「愛咲のせいでこうなったのに、何故俺が一人で処理しなければいけないんだ」 「はぁッ!?」 何で俺の所為なんだよ?と、紳士な対応をすることも忘れて、怒鳴って訊ねれば、犬塚は口を開いた。 話を聞けばこうだ。 「…っ、馬鹿!俺はただ首を噛んで、舐めて、吸っただけだろうが!」 そう。先程日野に腹を立てた時の俺の行動に煽られたらしい。 俺は日野を煽ったはずなのに、何故お前が反応するんだよ。 「好きな奴から、そんなことをされたら反応するに決まってる」 「…うっ、」 「それとも愛咲は俺の心を弄んでからかったのか?」 「、それは…」 そんなことまで考えていなかった。 ただあの時は無性に日野に腹が立って。だって俺の目の前であまりにもイチャイチャ、ベタベタするものだから。 「(って、あれ?何で俺はそこまで腹を立てていたんだ?)」 別に俺達は好き同士でも、付き合っているわけでもないというのに。 日頃の苛々が溜まって、過剰反応してしまっただけだろうか? だけどもし俺がこのまま犬塚を追い出して、犬塚がこの状態にまた日野に会ったとしたら…。そしたら、日野は喜んで自ら進んで処理でもしてやることだろう。 そんな姿が簡単に目の前に浮かんで、また苛立ちが湧き上がってきた。 「っ、分かったよ」 「愛咲、」 「し、仕方ねえからな」 俺の言葉に珍しく過剰な反応を見せる犬塚に、俺は今更ながらすごいことを承諾してしまったのではないかと思い始めて来た。 段々熱くなってくる顔。恥かしさを隠すように、俺は早口で言葉を紡ぐ。 「だって、俺のせいみたいだし?いや、別に俺は好きでするわけじゃねえぞ!仕方なくだ、仕方なく!…何だよ、その目は!?ただ責任取ってやるだけだからな!勘違いすんなよ、ばーか!いいか!今回だけだからな!」と何とも支離滅裂な台詞を吐く俺を見て、犬塚はどう思ったのだろうか。 だけど嬉しそうに俺の手を握る犬塚を見て、もしかしたら俺の選択は合っていたのかもしれない。そんなことを思い始める時点で、俺は少なからずこいつに毒されてきているのだろう…。 「ほ、ほら。俺がその汚ねえ物を処理してやるから自分で取り出せよ」 こういったものは事務的にちゃちゃっと済ませればいいだけの話だ。 変に恥かしがったり、戸惑ったりしてはいけない。そんなことをしても自分の徳には一切ならない上に、犬塚を喜ばせるだけだからな。 犬塚から視線を逸らしながら、下腹部を指差す。 しかしそうすれば案の定といったところだろうか。犬塚から不満の声が上がってきた。 何が、「愛咲がしてくれ」だ。…ふ、ふざけんなっ。何で俺がそんなことから面倒見なくちゃいけないんだ。絶対するものか。 「煩い。早くしねえなら、俺は帰るだけだ」 「………」 「5、4、3…、」 「…チッ、分かった」 俺の意思が固いことに気が付いたのか、犬塚は渋々と自分でベルトと、ズボンのホックを外し、チャックを下ろす。俺はその様子を横目で見ながら、気付かれないように軽く深呼吸を繰り返す。 …しかし。 下着の中から取り出された、犬塚の勃起したそれを見て、俺は愕然とした。 「つーか、…デカッ」 「…そうか?」 他人と比べたことがないから分からない。と、いけしゃあしゃあと言い放つ犬塚に、俺は軽く殺意が芽生えた。…どう考えても、高校生のサイズではないだろう。成人男性すらも裸足で逃げ出すレベルだ。 しかも俺のよりも色素が濃くて、…なんていうか、見るからに凶悪的。 「…う゛ー」 何で俺はこんな物を処理するなんて言い出したのだろうか。 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。 もう約束してしまった以上、取り消せない。 きっと今から撤回しても、犬塚は納得してくれないだろう。 …それに、もし撤回して逆上されても困るからな。下手したら、手で処理する以上のことを無理矢理されるかもしれない。情けないが、力では全く適わないからな。 ここはやはり速やかに終わらせよう。 「…っ、なるべく、早く射精しろよな」 この俺が直々にしてやるんだから、有り難く思いやがれ。 そして俺は、見るからに自分の物よりも遥かにサイズの大きいそれに、手を伸ばす。 恥かしがらず、戸惑わず。そう決めていた俺は、視線も合わさないまま、竿を扱く。 「(…こうか?)」 しかし、自分のと同じ機能を備え持った物なのに、何故か勝手が分からず、ただ我武者羅に上下に擦るだけになってしまった。今まで何十回、何百回とオナニーはしてきたはずなのに何でだ…。 表面上はポーカーフェイスを気取っているが、実際は頭の中はパニックになっていて、力の加減すらも分かっちゃいない。 「愛咲…、」 「な、何だよ?」 「…少し、痛いのだが」 「え、?あ、っ…、ご、ごめん」 すると流石にそんな雑な仕方では気持ち良くさせるどころか、むしろ痛みを与えてしまっていたようだ。こんなことをさせられて、謝る必要なんて俺にはないはずなのに、同じ男として、思わず素直に謝ってしまった。 「犬塚…、無理だよ。やっぱり俺、出来ない」 「唾液」 「…え?」 「唾、垂らして」 「な、何が?…へっ?何処に?」 「ここに」 “ここ”、そう言って指が指された場所に、俺はとうとう戸惑いを隠せなくなった。 「は、はぁ!?何でだよ!?」 「滑りが良くなるから」 「……っ、」 そういえば以前男女物の純愛AVを見た時、そういうシーンを見た気がする。 華奢で白くて細い女の子の指が、男の汚くてグロいペニスを触っているというだけで、興奮物なのに。横髪を掻き上げながら、そこにツゥー…って唾液を垂らす姿は正直TV越しで見ているだけでも堪らなかった。 滑りも良くなって、視覚的にもエロいその行動は、同じ男ならば一度はしてもらいたい行為だけれど…! それはあくまで“してもらいたい”だけだ!間違っても“したい”とは思わない。 「ふざけんな。俺がそんなことするかよ」 「……愛咲」 「滑りを良くしたいなら、自分の唾でも垂らしてろ」 扱いてやるだけでも、かなり譲歩して引き受けてやったんだ。 これ以上ハードルを上げられたら堪ったもんじゃない。 「…仕方がない」 俯く犬塚の様子を横目で見て、俺は素直に引き下がったものだと思っていた。 「っ、ん、ンむ…ッ!?」 だが…。 諦めていなかった犬塚は、むりやりにでも俺の唾液を使おうと、俺の口の中にその無骨な指を二本も突っ込んできやがった。しかも腹が立つことに、喉元にだ。 「ん、え…っ、ッ、んぐ、」 苦しくてえずけば、背中を擦られる。 「(そんなものは優しさとは言えない…っ。そんな気遣いはいらないから、早く指をどかしてくれ)」 しかし犬塚は俺の意思など構わず、唾液を掻き出そうと指を動かしてくる。 「っ、ン、ぐ、う、ぇ、ッ」 口は閉じることは出来ず、口端から零れる少量の唾液。 それは犬塚の思惑通りに、見事にペニスへと落ちる。 ……それは、何とも複雑な光景だった。 タラー…ッと垂れ落ちる銀色の雫。それがペニスへと掛かり、亀頭部分がテラテラと光って見える。 これが傍観者の立場ならば、生唾物のエロい光景なはずなのに…。 「…げほ、っ…おま、ふざけんなよ!」 やっと口の中から出て行った指に、ホッと安堵の息を吐く暇など今の俺にはなく。 咳き込みながらも、ギロリと犬塚を睨み付けてやった。 しかし、俺の睨みなど恐くもないのか、それとも今の状況に満足をしているのか、犬塚は僅かに口角を上げて、熱い目で俺を見つめてくる。 「…愛咲、」 「な、…んだよ?」 「扱いてくれ」 「……っ、」 …その時の犬塚の雄の色気はとんでもなく半端なかった。 目は獣のようにギラギラしており、額には少量の汗を掻いていて、切羽詰っているのか、熱い吐息混じりに言われたら、断ざるを得なくなってしまった。 俺は先程よりも滑りが良くなったソレを、再び上下に擦ってやる。 「……はっ、」 「っ、お前…本当に、馬鹿だ」 「………」 「こんなこと、絶対俺なんかにしてもらうより、…婚約者にしてもらった方が、いいだろ」 「そんなことない」 「…、…俺さ、」 「…何だ?」 「好きとか恋とか愛とか…よく分からねえんだけど…」 正直に言えば、俺は犬塚のことは嫌いではない。 たまにセクハラがうざいと感じることはあるけれども。 むしろ好きな部類には入っている。俺のこの性格の悪い本性を知っていても、引かないし。素で居られるし。…何より、俺に従順だし。 …しかし、だけどそれはもちろん友達としてだ。 「人を好きになったのも幼稚園の時が最初で最後だったし、…今は男しか見る機会ないから、恋愛とかしないしさ」 「………」 「好きとか…本当に分からない」 「………………」 「……でも。なんでだろうな」 ……だけど。 「…さっき、お前が日野にベタベタされてるの見て、嫌、だった」 「…………」 …って、おい。 俺は今恥かしいながらも正直な気持ちを告白しているというのに、何故今お前のペニスはビクビク痙攣してるんだ?空気を読めよ、馬鹿野郎。今、射精したら許さんからな。 あからさまに射精を訴え始めた犬塚のペニスの先端に親指を軽く押し付けたまま。 その訴えを無視するように、俺は一旦手の動きを止めた。 同じ男として可哀想だと思うが。 話を進ませてもらおう。 「……これが俗に言う、嫉妬というのならば、」 「……愛、咲」 射精を塞き止められている所為か。理由は分からないが。 下から覗き込んだ犬塚のその表情は何とも苦しそうで。 ……それでいて、何とも可愛らしくも思えた。 「お前も気を付けろよ」 クールな奴がそんな表情をしていると、年相応に見える。 いつもと違う犬塚の目を見て、クスッと一度だけ笑って…。 「俺は相当嫉妬深いらしいぞ?」 俺は唇には当たらないように気を付けながら、犬塚の口端に触れるだけのキスをお見舞いしてやった…。 「(……そうか。これが恋、なのか)」 恋、って何か変なの。 俺のいきなりの行動に驚いているのか、目を白黒させている犬塚を見て、俺は再度笑った。 胸の中がモヤモヤしたり、苦しくなったり、締め付けられたり。 犬塚の行動にずっと、あれこれやきもきしていたのはこれが理由か。 「(日野に気付かされるとは…)」 …何たる、不覚。 だが、すんなり自分の気持ちを認めてしまえば、清々しくも思える。 「浮気は絶対に許さないし。女の子とも日野とも極力二人きりになるなよ」 「、愛咲」 「それと……、」 「…っ、愛咲…!」 「ん、!?…っ、んむ、」 俺と付き合うにあたっての守るべきルールを述べている最中に、いきなりの接吻。あまりにがっついてくるものだから、少し歯が当たって痛かった。 犬塚がこんな失敗するのは初めてのことだ。いつもならば「痛ぇよ!下手くそ!」とでも罵っていただろうが、今はそんな気は起きない。 むしろ無我夢中で俺を求めている証拠と思えて、嬉しく感じる。 「っ、ん、…ン、っ、は」 俺の手の中のペニスも。その鉄仮面と呼ばれている表情も。 …今では馬鹿正直だな。 「……っ、愛、咲」 「ん、…ッ、は…、聞こえてるっつーの。何だよ、…バカ」 「好きだ…、っ…愛してる」 「…ふはっ、分かってるって」 「………愛咲は?」 「一々聞くんじゃねぇ」 好きとか。愛しているとか。 俺は犬塚と違って、不器用で嘘吐きで素直じゃないから、上手く言葉にして伝えることが出来ない。 ……だけど。 これだけは、ハッキリと言える。 「お前が俺を愛してくれるなら、それを倍にして返してやるよ」 何とも可愛くない返し方。 しかしそんな俺の言葉に嬉しそうに微笑む犬塚を見て、こいつも相当馬鹿だよな、と俺は改めて思った。 ……つまり、馬鹿同士お似合いなのかもしれない。 あれから。 俺達の生活は劇的に変わった。 まず、一つ。 「阿呆会長。サボってねえで早く判子押せよ」 「……分かってるっつーの」 「ったく、この忙しい時にだらけやがって…」 俺は間延びした喋り方も、着崩した服装も止めた。 まあ、あのチャラ男っぽい性格を演じるのも楽しかったし、便利だったので、少し名残惜しい気もするが…。それに何というか、あの時は『俺の一部』だったような気がする。 だが、最初から元の生徒会に戻したいがための演技だったのだ。 なので、今の俺には必要ないので、キッパリと決別する事にした。 ……そう。 それは二つ目の変化点にも大きく関わっている。 「こら、日野!寝るな、働け」 「………んーぅ」 「副会長…、日野を早く起こしてくれ」 「愛咲に言われたら…逆らえませんね」 「えー?寝顔可愛いから、勿体ないよー」 「ねー。もう少しだけいいじゃんかー」 「煩いバカ双子。お前らもサボったらゲンコツだぞ」 結局リコールを実行する前に。 日野がランキングに入り(抱きたい・抱かれたいのどちらとも)、生徒会のメンバーに加わることになって、副会長と双子が頭を下げて戻ってきたのだ。 …だがもちろん無条件で戻らせてやったわけではない。 そこは、謝罪付きの土下座だ。 プライドが高い、副会長と双子が頭を下げて土下座して謝った姿は貴重過ぎたので、おもわずムービーに撮ってしまったくらいだ。あの滑稽な姿を見せて貰って許さないのも可哀想だったので、俺達は今までのことを水に流してやったというわけだ。 ………優しいだろ、俺達? ……そして。 「…充」 「ん?どうした?」 「このソフトの保存の仕方が分からないのだが…」 「ああ、それね。…他のと違って、少し分かり難いからな」 何より一番変わったのは、俺と駿の関係だろう。 今ではマウスを握る駿の手に、自分から手を重ねて触れ合いたいと思うくらいに進展している。 とはいっても。 「おい、そこ。ふざけんな、距離が近いぞ」 「この距離じゃないと、PCは教えられないだろ?」 「……愛咲が教える必要ねぇだろうが」 「俺を駿の教育係に任命したのは、会長だけど?」 「………チッ」 会長や日野の目が厳しくて、そこまで大きくは進展していないのだろう。 「駿が完璧にマスターするまで、俺が教えるよ」 「ありがとう、充」 …だが。 俺からしてみれば、かなり大きい一歩を踏み出していると思う。 だって毎日がこんなにも充実していて楽しいんだ。 ……絶対そうに違いない。 END

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