52 / 149

六空間目③

「…お、怒ってるんですか?」 俺のような凡人で、どうでもいい存在から言われた言葉を覚えていたくらいだ。 もしかしたら怒っているか、もしくは傷付いているのかもしれない。 「べつに」 「……判断し難い言葉を返さないでくださいよ」 それでは謝るに謝れないじゃないか。 申し訳なくて少しでも下手に出るように、目線だけで神田さんを見上げれば、神田さんも俺の事を見下ろしていた。 「神田さん…」 「ハァ、世間一般的な目なんて、もうどうだっていいって言ってるんだよ」 「それは、つまり……」 芸能界は辞めるってことだろうか。 ……そう思うと少し寂しいような、残念のような複雑な気持ちになる。 本当の人格は置いておいて、神田さんのトークは見ていて面白かったし、演技は同じ男として敬いたくなるくらい格好良かった。 そうか、もう見られないのか。 しょんぼりと、俯いてトボトボ歩いていると。 足を止めていた神田さんから「おい」と声を掛けられた。 「……はい、何ですか?」 「誰も辞めるとは言ってねえだろ」 「えっ、本当ですか!?」 「だからといって、続けるとも言ってねえけどな」 「………そう、ですか」 俺の一喜一憂する様子を見て、ニヤニヤ笑う神田さんは、本当に意地の悪い性格をしている。 「ふっ、バーカ。まあ、暫くは続けるつもりだ」 「……本当に?」 「だって有希は“テレビの中の俺が好き”なんだろ?」 「…………その言い方では語弊がありますけどね」 俺は「どちらが好きだ」と訊ねられたから、渋々答えただけだ。 それでは俺が、『テレビの中の神田さんが大好き!』みたいじゃないか。……まあ、確かにファンだったけれど。 「その内、“俺の全部が好き”だと言わせてやるよ」 「…どんなマニアックな変態ドエム野郎ですか、俺は…」 「ったく、相変わらず上の口は素直じゃねえな。下の口は俺のことが好きだって、痛えくらいに締め付けて、」 「ッ、うわあああああ!ば、馬鹿!」 「うるせえよ」 「う、煩いのは、神田さんです!!」 …他の人達に聞かれたらどうするつもりだ。 猫被りどころか、バイでB専だとバレるぞ!

ともだちにシェアしよう!