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七空間目⑫

「か、神田さん?」 引っ張られるまま俺は神田さんに抱き締められた。いきなりのことで、俺は神田さんの硬い胸板に顔を埋める体勢になっている。突然のことに酷く驚かされたけど、勿論全く嫌ではない。むしろ求めてもらえているようで、すごく嬉しい。 だから俺は、自分からも神田さんの広い背中に腕を回して抱き着いた。 ……お互い何も喋らない。だけど決して気まずいわけではない。 多分俺と同じように、神田さんもこの時間を大事に噛み締めているのだと思う。 「(……神田さんの匂い好きだ)」 そんなことを思いながら、俺は更に神田さんの胸元に顔を埋めた。同じボディソープにシャンプーを使っているはずなのに、なんでこうも違うのだろう。この匂いを嗅ぐと安心するし、なぜかドキドキする。これが最後なのだと思うとすごく寂しくて、神田さんの背中に回している腕の力を更に込めて、より密着できるように隙間なく抱き着いた。 「…………有希」 「なんですか?」 すると、今まで沈黙か寡黙を貫いてきていた神田さんから俺の名前を呼んできた。不思議に思って胸元に埋めていた顔を上げれば…… 「……ん、っ?」 ……そのままキスをされた。 「ん、っ、ん……ぅ?」 暗くてよく見えないけれど、この感触と、暗闇の中だといえど至近距離だからキスをされていることだけは分かる。痛く思えるほどギュッとブヨブヨな身体を抱き締められながら、俺は人生初めてのキスをされているのだ。 「か、んださ……、っふ、ぁ」 ……そう。キス以上のとんでもないことは今まで散々してきたというのに、初めてなのだ。それがなぜなのかと考えたこともある。この密室空間に居るのは俺だけで、ただの期間限定の不細工な精処理相手なんかにキスをする価値がないからだとか色々と思っていた。……しかし、今は俺の舌を吸い、そして絡めてきているのだ。初めての感覚にどうすればいいのか分からず、俺はされるがままに声を漏らす。 「はぁ、ふ……っ、ん、ん」 「……は、っ」 「ん、んぅ、っん」 「……クソ。顔が良く見えねえのがむかつくな」 神田さんはそんな悪態を吐きながら、チュッ、チュッと音を立てて口付けてくる。突然の出来事に恥ずかしくて困惑はしているけど、求められていることをヒシヒシと感じることができて心が満たされる。 「……ん、神田さん……っ」 「お前は本当にどこもかしこも柔らかいんだな」 「……ふぁ、ぁ……ん」 『なんでこんなことするの?』と訊きたいけれど、その答えを聞くのは少し怖い。それに何度も口付けられているため、声に出したくても上手く言葉にすることができない。

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