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八空間目①
「……ハァ」
約二ヶ月間のアルバイトが終わり、俺は真夏の陽射しを浴びながら、一人でトボトボと帰路を歩く。
……目が覚めるとそこには神田さんは居なかった。そのことがあまりにもショック過ぎて、久し振りに会ったお姉さんに何か声を掛けられたのだが全く耳に入ることはなかった。申し訳ないことに、今の俺は神田さんのことしか考えられないのだ。
「……せめて何か声を掛けてくれれば良かったのに」
目が覚めると居なくなることが前もって分かっていたのなら、昨日は寝なかったはずだ。最後のお別れくらいきちんとしたかったのに。つまりは、神田さんにとっての俺はその程度ということなのだろうか。そう思うとかなりショックだ。
……俺は恋心を理解したのと同時に失恋をしました。
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「……た、ただいま戻りました」
久し振りの実家だ。二ヶ月間は神田さんのお蔭で人間同様の扱いを受けさせてもらって、最初はどうであれ今思えば有意義な時間を過ごしてきた。だが俺は今日からはまた生きるだけのゴミくずへとなるのだろう。両親に疎まれないように、弟に暴力を受けて蔑まれないように、なるべく存在を消して高校卒業まではこの家で暮らしていかなくてはいけないのだ。
音を立てないようになるべくゆっくりと玄関の扉を開けて中に入る。
……すると、俺はすぐさま異変に気付いた。
「な、なんだこの臭い……?」
家の中に入るのと同時に俺はなんとも表現できない生臭いにおいに顔を顰めた。しかも周りを見渡してみれば、荒れに荒れていることに嫌でも気付く。ゴミは辺りに散らばっており、綺麗に飾られていたはずの花瓶は床の上で割れたまま放置されている。割れた花瓶の横に、枯れた花が落ちていることから、結構な時間を放置されているのかもしれない。
綺麗好きな母さんが居れば、すぐにでも処理をしていると思うのにそれがされていないということは、暫く家に帰ってきていないということだろうか。不安に駆られた俺は、久し振りに家の中で大声を出した。
「父さん!居ないの?」
……返事はない。
もしかして何かしらの事件に巻き込まれてしまったのだろうか。強盗?殺人?……それを考えると震えが止まらない。
「み、帝?返事してくれよ」
荒れ果てたリビングを見ても誰も見当たらない。父さんと母さんの寝室だけはなぜか綺麗なままだが、やはり二人の姿は見当たらない。帝の無事を確認するために、ここ数年以上は恐怖で入っていなかった部屋に足を踏み入れてみる。
「…………帝……?」
……すると、ベッドの上でうつ伏せの状態で寝転ぶ何者かの存在に気付いた。
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