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八空間目⑫

『そして改めまして、こうして公の場でご報告をすることが遅くなってしまったこと深くお詫び申し上げます。ですがそんな状況にも関わらず、ファンの方や関係者の方々に支えていただいたお蔭で、再度この芸能界で一からやり直す勇気をいただけました。本当にありがとうございます』 たくさんの記者やカメラマンが居る中、堂々とした様子で会見を受ける神田さんに思わず釘付けになる。きっとどの番組も今はこの記者会見ばかり報道をしているのだろう。 「……芸能界続けるんだ」 今まで芸能界を続けるのかどうなのか結局聞けず仕舞いだったのだが、真剣な表情を浮かべて話す彼の決断を聞いて俺は安堵する。やはり神田さんのような容姿にも演技力にも人を惹き付ける魅力でさえも人の何倍も優れている人には、芸能界という世界が似合っている。神田さんは俺のような落ちこぼれとは違って、相応のステージに立ち、人を魅了し続けるべき存在なのだ。 「もしかして一緒に居たような気がしただけで、今までのは俺の妄想か夢だったのかな」 彼とは生きる世界が違うのだとまじまじと見せられて、おもわず乾いた笑みが出てしまう。一緒に過ごした二ヶ月間は確かに現実だったはずなのに不安にならざるを得ない。……やはり神田さんは物凄い人なんだと、テレビ越しに彼の姿を見て改めてそう実感する。 こんな世界的にも有名な人と俺は一緒の部屋で暮らして、キスをして、セックスをして、……そして恋をしたんだ。 「……ははは、有り得ないだろ。無茶苦茶過ぎるよ、俺の人生」 平々凡々な人生を送ることは許されない運命なのだろうか。親には長い間疎まれたままで、嫌われていたと思っていた弟には好きだと言われてキスをされ、雲の上のような存在の男の人に無理やり犯された挙句恋をするなんていくらなんでも波瀾万丈過ぎるだろ。 『どうぞこれからもよろしくお願いします』 …………だけど…… 「……どうしようもなく好きなんだよ」 テレビ越しだろうと彼の声や、その表情が恋しく感じる。激しく感じるほどの快楽を与え続けられて、ぬるま湯に浸かっているような心地よい優しさを与え続けられた結果、引き返せないほどに神田さんに依存してしまっている。 もう二度と会えないと分かっていても、そう簡単に気持ちを整理することも、抑えることもできそうにない。 「神田皇紀の馬鹿野郎……」 どうせ会えなくなると分かっていたなら、最初から優しくされない方が良かったのかもしれない。 ……そんなことを考えながら、俺は神田さんの頬を撫でるようにモニターを指でなぞったのだった。

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