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九空間目⑬

「何度も手放そうと思ったけれど、結局できなかったな」 それは勿論高額でオークションに売るためだとか人にあげようと思ったからではない。悲しい記憶として残ってしまったけれど、それでも最後の記念として手元に残しておきたかったのだ。だから何度も捨てようと思っても、結局はそれを実行することができなかった。 二週間ぶりにそれを見ると、やはり苦い記憶が蘇ってくる。だけど受け取った当初よりは全然苦痛ではない。今なら中身を見れることだってできそうだ。そう思った俺は、『働く男性』をテーマに作られた神田さんの写真集の表紙を開いた。 「……はー、くっそ。やっぱりイケメンだよなぁ。なんだよこの逞しい筋肉。スーツの上からでもハッキリ分かるじゃん。えっろ」 何を食べてどんな風に運動をしてどんな風に生きてくれば、こんなにもイケメンで格好いい身体になるのだろうか。羨ましくて堪らない。油断すればすぐにでも涎が出そうなほどのエロい身体付きに釘付けになりながらも、俺は隅々までじっくりと見ていく。高級スーツ姿も、作業服姿も、エプロン姿も、白衣姿も全部素晴らしいとしか思えない。 時間を掛けて見ていき最終ページまで辿り着いたその時。 「…………、え……?」 ……俺は不可思議な数字の羅列に気付き、思わず息を止めてしまった。 「な、なんだよこれ……」 ……いや、不可思議ではない。これはもう『それ』でしかないだろう。 手書きのサインと共にマジックペンで書かれた11桁の数字。『090』で始まるその数字は明らかに携帯番号だ。馬鹿な俺でもこれが他の人の写真集にも書かれているとは思えない。……多分俺の写真集にだけ特別書かれているのだろう。 「…………っ、神田さん」 そう。きっとこれは神田さんの携帯番号だ。 それを理解した瞬間俺は泣きそうになってしまい、顔をより一層クシャクシャにさせて、携帯番号が書かれた神田さんの写真集を強く抱き締めた。 「……ははっ。なんだよ、俺のこと忘れてたわけじゃなかったんだ……」 あの時の俺はマイナスなことしか考えられず、てっきり神田さんは俺のことを忘れたのだと、もしくは嫌われていたのだと思ったのだが、実際はそうではなかったらしい。捨てようとしてしまっていた写真集にまさかの携帯番号が書かれていて、俺は心から安堵した。 そして俺はすぐさまスマホを取り出して、その番号を打ち込んでいく。 この写真集を受け取ってから二週間も経ってしまった上に、忙しい神田さんが今すぐ出てくれるかは分からないのだが、それでもすぐに電話を掛けずにはいられなかったのだ。

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