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十一空間目⑥

「それじゃあ、そろそろ行きます」 「分かった」 「次はいつ会えるか分かりませんが、お仕事頑張ってくださいね」 「ああ、ありがとう。ちゃんと家に着いたら連絡しろよ」 「はい」 このままズルズルと一緒に居続けたら余計に離れ辛くなってしまう。それが分かっているため、寂しいと縋り付きたくなる気持ちを必死に抑え込んで、車のドアを開けて地面に降り立つ。 「有希、」 「……はい?」 「またな」 「は、はいっ。また近い内に」 そうすれば俺の気持ちを知ってか知らずか、神田さんは優しい笑みを浮かべながらそんなことを言ってくれたものだから、前回の別れとは違って“次”があるのだと分かって寂しいというよりも、徐々に嬉しい気持ちの方が勝ってくる。俺は先程とは違って自然と溢れてしまう笑みを神田さんに向けながら、小さく手を振ってお見送りをしたのだった。 「…………あっという間だったなぁ」 まるで文字通り夢のような一時だった。超有名人で今は自分で会社すらも運営している神田さんに休みという休みがあるのか分からない。だから次に会えるのはいつになるのかは全く想像がつかないけれど、それでも彼が『またな』と言ってくれた。もうそれだけでも十分過ぎるほど嬉しい。 神田さんの車が見えなくなるまで見送った後、俺は足早に歩き出す。 「早く帰らないと」 夜も遅い上に学生服しか着ていないため物凄く寒い。帝が帰って来るよりも先に帰り着きたいし、何より心配性の神田さんに早く連絡をしてあげたい。早く家に入ってコタツに入りたいなぁなどと考えながら歩いていると……、 「兄貴」 ……突然、背後から声を掛けられた。 俺を“兄貴”と呼ぶ人物はもちろん一人しか居ない。 「……帝!」 振り返ってみるとそこにはやはり帝が居た。どうやら偶然にもバイト終わりの帝と帰る時刻が被ったようだ。 「お仕事、おつかれさま」 「ああ、兄貴も今帰りか?」 「う、うん。偶然だね」 「連絡来てたけど、どこ行ってたんだ?」 「えーっと、まあ、色々……かな?」 「……ふーん」 神田さんとのことを話したいけれど、こんなところで話すべきではないだろう。家に帰ったら話そう。そう判断した俺は、今は適当に話を逸らすことにする。 「その袋はなに?なにか買ったの?」 「兄貴が食べたいって言ってたプリンがあったから買ってきた」 「えっ、まじ!?昨日CMでやってたやつ!?」 「ああ」 昨日調べたら税抜き398円もするはずのあのプリンをわざわざ俺のために買ってきてくれたという帝に、俺はおもわず目を輝かせてしまう。

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