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OpeningShow

 いつもの帰り道。お互いの家はすぐ近くでぎりぎりまで一緒にいられる。朝も一緒に登校して、学校でも部活でも一緒にいるのに、離れがたくてどちらともなく足を止める。俺の腹がぐうぐうと悲鳴を上げるまで立ち話は続く。今日もいつもと変わら ないそんな夜になると思っていた。  ふとした瞬間、真剣な顔をして円加が黙り込んだ。俺は戸惑うだけで大丈夫かと声もかけられない。ぐっと引き結んだ唇が覚悟を決めたのかゆっくりと開いた。いつも優しく俺に甘い円加の言葉は、逃がさないとばかりに真剣そのものだった。俺は自分の片思いがバレて、円加が気まずく思ったのかと思ったけれどそうじゃないっぽい。  並んで話していたはずが、いつの間にか向き合っていて円加は少しだけ首を傾けてくしゃりと泣きそうな顔で俺を見つめる。始めてみる顔だった。 「葉。俺さ、葉が好きなんだ。他の友達とか後輩たちとは違う、好きな?   ずっと葉が好きだった。小学校の時からずっと。親友って関係も好きだけど、ごめんもうそれだけじゃ我慢出来ない。葉が好きなんだ、触れて抱きしめてめいっぱい愛したい」  驚いた。それと同時に嬉しさで頭が真っ白になる。  円加が、判決を待つ罪人のような顔でカバンのベルトをぎゅっと握る。その指先からはギリギリと今にも音が聞こえそうだ。大事な指……そこで、はっと気がついた。その瞬間円加の指先に自分の手を重ねて優しく包んだ。恐る恐る視線を合わせれば、円加の目が大きく見開いていた。口は言葉をうまく紡げないようで、下手くそな笑顔の端を小さく震わせている。円加が覚悟を決めたんだから、俺だって腹を括らなきゃいけない。  円加にだけ言わせるのはだめだ、俺だってちゃんと自分の気持ちを伝えたい。 「円加……いいのか?」 「いいって何が? 俺は葉しか好きじゃない、これからずっと一生葉しか好きにならない」 「嬉しい……俺もずっと好きだった、ずっと好きだったよ」  俺が好きだと言い終えた瞬間どんっと勢いよく円加が俺を抱きしめた。ぎりぎりと少し苦しいくらいの力なのに嬉しくて幸せで仕方なかった。  こうして一生隠し通さなければならないと思っていた恋は、意外にもあっさり叶ってみせた。  嬉しいし幸せだけれど情けない。実に情けない。いつだって俺に寄り添って助けてくれたのは円加だったのに、こんな時まで一歩を踏み出してくれるのは円加だった。  バッと、髪を振り乱す勢いで顔を上げるから、堪えていた涙が粒になって俺の頬に落ちた。恐怖から解放されて嬉し泣きに名前を変えた涙を指ですくって舐め取った。 「いつもいつもごめん。それからありがとう。俺は、円加にばっかり助けてもらってる。俺は言えないから、このまま親友でいられればいいと思ってた。言って嫌われるのも、親友じゃなくなるのも怖くて、だから言わない方がいいって思ってた」  俺の頬に飛んだあとはぽろぽろと円加の頬を涙が落ちる。俺よりずっと背が高い円加の顔へ手を伸ばす。ぐいと親指で涙を拭ってやりつつ、絞るような小さな声で謝罪をする。そんなことあり得えないのに、と小さく囁く円加の顔はいつもの爽やかな笑顔に戻っている。それでいて俺の手を捕まえてくすくすと笑いながらやわやわと俺の手の感触を楽しんでいる。 「葉、いいんだよ。俺がしたいから手を差し伸べてる。俺が葉といたいから言ってるんだよ。ずっと触れたかった。腕を組むだけじゃなく、支え合うんでもなく、こうやって……」  捕まった手にちゅ、ちゅと唇が触れる。早い展開に頭はついていかない、それに、想像していたのと若干違う気がする。 「円加……急にそんな……?」 「ん? ずっとしたいって思ってたよ。ん、ちゅ、ちゅ……ずっとこうやって葉にキスして舐めてドロドロにしたいと思ってた」 「んなっ、舐めて……‼」 「そ。ずっと葉を食べちゃいたいくらい、好きだったよ。  さっき、抱きしめたいって言ったけど、本当は葉を抱きたいって思ってる。俺の手で目一杯甘やかしたい。だめ? 葉の好きは俺の好きとは違う?」  ずるいだろう。  そんな聞き方ずるいだろう。俺だってそれなりに性欲はある。そういうことにだって興味があって当たり前だ。ただ、いきなり男同士で抱く抱かないって言われても思考が停止しても仕方ないと思う。 「その聞き方ずるいだろ。お前のことは好きだ。それは間違いないし、そこに性欲だってちゃんとある。  ただ、お前の言う抱く抱かないはまだわかんねぇ。未知の世界過ぎて、考えたこともない……」 「抱かれたくない訳じゃないんだよね? じゃあ俺に任せてよ。絶対痛くしない、葉が嫌だって言ったら絶対にやめる。それで嫌いになったりも絶対にしない」  思いが通じ合った嬉しさに、浮かれていたんだろう。円加の嬉しそうでいて、真摯な顔に俺はいつの間にか頷いていた。  ただ、あの時なんと返すのが正解だったんだろうと、今になって思う。自分の体を任せたことに後悔は少しもしていない。触れ合いたいと思ったのは事実だ。  ただ、こんなにも円加がねちっこいだなんて誰が思っただろう。舐めてドロドロにしたいと思っていたが比喩じゃなかったなんて。

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