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FLYNG TRAPEZE

 ここなら知り合いは少なそうだ。  映画館も入っていて平日でも楽しめる場所として田舎の若者には有難い建物だった。  その中を、迷子になるから……なんてわざとらしことを言わなくても堂々と手を繋げるのは、すごく不思議な感覚だった。 「で、その服どうしたんだよ」  コートはいつも着ているものなのに、その下はセーラー服だった。脚は手入れしたのかきれいになっていて紺のハイソックスを履いている。 「ねーちゃんが大学卒業して就職だろ?   一人暮らしするからって片付け手伝わされたんだけど、そのごみの中にあったから拝借してきた」 「拝借ってお前ねぇ。まあ捨てるつもりだったんならいいんじゃないか……いや、いいのか?」 「さすがにローファーは入らないからスニーカーだけどね。どう? ちょっとはドキドキした?」 「それを堂々と着てくるお前の神経にドキドキしたっつの。んで、その頭は?」 「これまたねーちゃんのイメチェン用。新しいの買ったからいらないって」  薄墨色のウィッグとやらは、央樹の本来の髪色に近いから本当に自然で驚いた。触った感じも、昔従姉妹の持っていた着せ替え人形のつるつるしたものではなく、本当の髪のようにさらさらとして自然な触り心地だった。  央樹が女の子だったら……本当にこんな感じなのかもしれない。惚れた欲目だろう、素直に可愛いと思う。 「……可愛い」 「へぁ⁈ 本当? 文ちゃん、ちょ、ちょ、もっかい言って録音する!」  素直に褒めたことでテンパった央樹はなかなかおもしろかった。手を繋いでいろんな店に入る。  普段なら見向きもしないような可愛らしい小物にも、一応足を止めた。付き合って二回だけ、央樹のお姉さんの誕生日プレゼント選びに付き合わされて来たことがある。  何がどう違うのか、俺にはさっぱりわからないから役に立ったかは謎だけど、喜んでくれたと聞けば嬉しかった。  ラックにかかったカラフルな何かを央樹が手に取った。 「ちょっとレジしてくる」  繋いだ手をするりとほどいて、央樹が店の奥へと歩き出した。さっきまで央樹の見ていたラックを見ると、髪留めがたくさんかかっていた。ピンに、ゴムにリボン。部活シリーズだろうか、いろんな球技のボールを模したヘアゴムがあった。きっとこれだ。バレーボールのヘアゴムだけ周りよりひとつ少なくなっている。俺たちを出会わせてくれたバレー……、感動するのはわかるけど、一体何に使うんだか。俺にはさっぱりわからないまま、清算を終えた央樹と店を後にした。  昼飯はどうしようかと、フードコートに行ってみるとさすが平日とはいえ春休み。子供連れがたくさんいて、席は早々に埋まっていた。 「どうする?」 「たまには下のレストラン行こうか。その、デートだし」  男女(正確には男同士だが)で手を繋いで歩いてるんだ、誰がどう見たってデートだろう。  ちょっと照れくさくなって小さな声も敏い央樹は聞き逃さない。俺の機嫌を損ねないように、口元だけでにやつくだけに留めたことは褒めてやろう。 「だな。デートだもんな。俺、こんなだしレディースセットとかいけっかも」 「いや、それ以前に足りるのか?」 「あー……でもバレーから少し離れて同じように食ってたら、あっという間に肉がつくぞって姉ちゃんがうるさいんだよ。あ、文ちゃんはそのままでいいからね。柔らかくて抱きごこ……イタイッ!」  央樹はいつも一言多い。結局人の多いフードコートは諦めて、一階にあるレストラン街へと移動する。  エレベーターは二人だけで、ほんの数秒の時間。央樹は掠めるように唇を奪っていった。  有名な中華ビュッフェを見つけて央樹の目が光る。少し高めのビュッフェとはいえ、中華じゃいつもと同じ過ぎる。また今度なと後ろ髪を引かれる央樹の手を取って、向かいにあるイタリアンレストランに入った。  入口に窯がある、本格的なイタリアンだった。  値段はまあ安くない。だけどパスタの種類が選べたりサラダがビュッフェだったりと満足のいく料理だった。  央樹が唐辛子マークの付いた赤いパスタをうれしそうにフォークに絡めて口に運ぶ。化粧はさすがにしてないみたいだけど、元々の顔の作りがいいせいか違和感がなくて戸惑う。赤いパスタソースが、唇を赤くして俺は深くにもドキリとしてしまった。

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