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第3話 日向男子ができあがるまで

 お茶とポテトあるし、ちょっと寄り道していこうって、コンビニ近くの公園へと向かった。夏の湿気た熱が残る空気、けど風だけは涼やかで、虫たちが向こうの垣根のとこで一生懸命大合唱してた。  こんなとこに公園があったんだと驚く酒井はこの辺が地元じゃないらしい。  レッスン中にもここが地元から遠いからちょうどよかったって言ってた。  ――地元遠いんだ。  ――電車通学組の中でも遠いほうだと思う。  ――酒井んちってさ、どの辺?  ――こっから電車で三十分くらいのとこ。  ――遠くない? じゃあ、中学って。  ――あー……。  そこで、酒井が言葉を濁して、ペットボトルのお茶を一口飲んでから、ブランコを少しだけ漕いだ。 「中学は三中」 「三……」 「うちの高校に来てる奴は一人もいない」 「……そうなんだ」  けっこう珍しい。俺は同じ中学が三人。それでも少ないほうだと思う。十人くらいいるとこだってあるのに、三中からは酒井一人だけ。  でもうちの学校は特別進学率がいいわけでもなく、特殊学科があるわけでもなく、普通に普通の高校。酒井の地元である三中にだっていくらでもありそうな学校だと思う。制服だってめちゃくちゃイケてるわけでもないし。 「俺さ……」  前へ、後ろへ、ユラユラ揺れる酒井に合わせて、声も前から、後ろから、聞こえてくる。 「めちゃくちゃ、高校デビューなんだ」 「……え?」 「中学の時、すっごい地味だった。運動苦手で、見た目もなんかモサくて、眼鏡ももちろんイケてない眼鏡」 「……」 「けど、クラスでさ、けっこう話す女子がいて」  そこから先は少し予想がついてしまった。そして、その予想した展開どおりだった。  地味だった男子と仲良くしてくれた女子。男子はそのことにのぼせ上がった。彼氏がいないことも、彼氏が欲しいことも全部、教室でおしゃべりしてたから知っていて、本当に自然に告白をした。  結果は、さ……。 「なんで? …………って、顔された」 「ごめんなさい」でも、「無理です」でもなく。ただ不思議そうに首を傾げられた。どうして告白するの? とでも言うように。  好きだって伝えて「なんで」なんて、返されてさ、そう酒井が話すと、揺れてるブランコが控えめに返事をする。  ギ、ギ、ギって。  軋んだ音を立てた。  子どもの頃、ここの公園にはよく来てた。うちの近所で、スポーツクラブの近くでもあったから。このブランコだってよく漕いでた。鉄棒やってたから、高さも回転も慣れっこ。全然怖くなかった俺は、得意気になって高く高く、空に飛んできそうなくらいの勢いつけてさ。  同じブランコなのに、音が寂しそうに、悲しそうに聞こえる。  だって、それはとても悲しいことだから。  なんで、って、つまりはなんで酒井が私のこと好きになってんの? って、その女子が思ったってことだから。 「……酒井」  そんなふうに思われるのは悲しいし、寂しいだろう。 「……あの」 「だから、変わろうってさ」  酒井が思い切り後ろへ。 「思ったんだ」  そして地面を蹴って、俺の横をすごい勢いで前へ、上へ。 「まずとりあえず体力つけようと走り込み初めた。あと自分ひとりで練習できそうなスポーツもやった。うち、共働きだから、バスケならいきなり始めたってバレずに済むし」  ボール一つあれば部屋の中でも始められる。ハンドリングからスタートして、そのうち公園でこっそりドリブル練習。シュートもまた別に見つけたゴールのある近くの公園でこっそりと早朝に。動画を見ながら見よう見真似で。 「毎日コツコツ、見つからないようにこっそりと」 「……」 「でさ、高校を誰も知り合いのいないとこにした」  急に誰かが進路変更をするかもしれないって、常に聞き耳立ててたって。 「入試受かって、高校確定。うちの中学から行くのは俺だけ」  声が、ちょっと弾んで、ブランコも盛大に前後へ揺れて、ギコギコギコ、返事代わりの軋んだ音も忙しそう。 「入学式の前日、ヘアースタイルブック持参で髪型変えて、コンタクトつけて、ぁ、そのコンタクトが最初難しくてさ。目玉」 「……」 「触るのって、怖いだろ?」  だから、焦ったんだって笑ってる。コンタクトには絶対にしたかったけれど、地元にバレないようにギリギリまで変身前の姿でいた。前日にようやく外見の変身を完了……って思ったけれど、コンタクトができないし、外すのなんて悶絶するほど怖かった。 「そんで、入学式には新バージョン」  日向男子の酒井が完成。 「けどまさかここでそんな落とし穴があるとはなぁ」  落とし穴っていうのは、逆上がりのこと。  うちのクラスの全員が「はい、やってみて」って言われて即簡単にできるとは思わない。久しぶりに鉄棒する奴だっているだろうし、女子は腕力ないからできない子が多いかもしれない。けど、たしかに酒井ができないのはびっくりするかもしれないと思った。 「鉄棒はさすがに旧バージョン仕様だった」  そう言って笑う酒井は、昼間の学校ではなんでもできるキラキラ日向男子。可愛い一年女子に告白されちゃうくらいのイケてる感じ。  けど、今、隣で、ブランコを漕いで高いところへ飛んでいこうとしてる酒井は、日向じゃなくて、夜空? 「できるようになるよ」 「……桂」  いや、星空男子、とか、どうだろう。 「バスケ、一人で練習してたんでしょ? そんでうちの部活のレギュラーになれたじゃん」  ――悩めよ、若者。  だって空気を蹴るようにブランコを高く高く漕いでいる酒井は少し眩しく感じるから。太陽ほどのギンギラギンじゃないけれど、キラッと小さな光の粒って感じで、涼しげで心地良い光。 「きっとなる」  ――青空を見上げながら言ったのだ。そこには涼風を得た爽快さがあった。 「俺が手伝うよ」  悩みをそんなふうに蹴り飛ばして高く飛んでいける酒井には、あると思った。授業ではそんなことないと思った爽快さがあるって。君がブランコを漕ぐ度に巻き起こる風はたしかに涼風だったんだ。 「あー、めっちゃ痒い、虫刺され持ってないし。コーチ、虫刺されの薬って持ってないっすか」 「持ってないよ。っていうかコーチって言うなよ」 「え? だって、コーチじゃん。何箇所刺された?」 「俺は……三箇所」 「俺、一箇所」  酒井のほうが少ないじゃん! って即ツッコミを入れたら笑ってるし。  でも、動いてた酒井のほうが刺されにくいんだろう。俺はそばで補助をしてたから、止まってることが多くて、蚊のご飯になってた。 「どこ刺された? 桂は」 「俺は全部足」 「いいじゃん! 足なら。俺、首!」 「……斬新」  そういう問題? って、今度は怒ってるし。  なかなかにうるさいっていうか騒がしいっていうか、面白い。 「あ、そしたらうち寄ってく? すぐそこだし」  虫刺され、痒いんでしょ? 「あー、平気。首の一箇所だし、それに」  なんだ、我慢できるんじゃん。ブーブー言うなよ、日向男子なんだから。日向男子ってさ、もっとこう。  ――こ、これ、無理だろっ、なんでできんの? 桂。  なんでって、言われても。隣でくるりと回って見せると拍手して、その拍手同じ逆上がりを練習中の小学生が目を丸くしてたっけ。 「……っぷ」  思い出しても面白い。酒井の困った顔、へばった顔、文句顔。それに、今、追加したのが痒くて悶えてる顔。どれもこれも、俺の思っていた日向男子じゃなくて。  どれを並べても面白くて、また俺は笑っていた。

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