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第6話 ヒーローの秘密
黄色い歓声はさすがに漫画じゃないから聞こえないけど。でも女子の視線がすごいなぁと。
「酒井がいるチームが勝つに決ってんじゃんなー。な? 桂」
「……んー」
バスケ部、だからね。そりゃ、そうでしょ。一応ハンデとして酒井は試合の後半だけ出場ってことになってるけど、前半でリードしてたBチームにもうすでに追いつきそうだし。
「うおー。追いついてきた。酒井すげー」
金子が体育館の舞台に腰を下ろし、足をブラブラさせながら、酒井の見事なドリブルに見入ってた。
たしかにカッコいいもんな。イケメンで、優しくてさ。そりゃ女子にモテ――。
「!」
そんな日向男子、酒井がまたシュートを決めて同点に追いついたところで、こっちを見て笑った。
笑って、そんで、ほら、またボールを相手から奪ってしまう。もうドキドキのスポーツ漫画バリバリの逆転劇がこれから始まる。そんな感じがヒシヒシと。
「そだ。なぁ、桂、お前、酒井が昨日、お前のこと探してた」
「あー、うん」
「……いいなぁ、あんなモテ男子とかさぁ」
「……」
まるで、ヒーローみたいだ。遅れて登場。そんでチームを救う救世主。男子が羨む、女子が夢中になる、漫画に出てくるカッコいい主人公だ。
本日二回目のレッスンは、完敗だった。まだまだ先は長く、ができないんだよ。あと残り六回でできるようにならないといけないのに。
しかもなんか、人気者だったし。
二回目で子どもの気持ち掴むの上手すぎだろ。なんか子どもが群がってたし。
「あー、兄弟多いからかな」
兄弟多いってそれだけの理由で?
さすが日向男子というべきか。最初、この大きなおにいちゃんは逆上がりができないんだって、ポカンとしていた子どもたちがその爽やかな笑顔と、あと女子は「イケメン」って部分にめちゃくちゃ懐いてた。
まずは鉄棒と友だちになろう! って書いてあったけど、鉄棒より先に十くらい離れている子どもと友だちになってしまった。
レッスン後、唸りながらもどう説明すればいいのかなぁって。鉄棒に対しての身体の使い方っていうかさ。恐怖感をなくすのが大事なんだ。
「うーん、なんていえばいいんだろ」
鉄棒にぶら下がる。そんで、足を鉄棒に持っていく、そのまま、ぶら下がったまま回転。手は離しちゃダメで、握ったまま、今度は逆再生のようにお尻を腕と腕の間に通して、元の体勢へ。
その説明で俺は大丈夫だけど、でも、酒井にはてんでわからなくて。ごめん。ちゃんとできなかった。ちゃんとさせてあげられなかった。
「そうだなぁ……」
普通、本物のコーチは生徒と同じ更衣室で着替えたりしないけど、俺は臨時のバイトコーチだから、酒井と一緒に着替えてた。
着替えながら、自分のレッスン帳のアドバイスをもう少し大人向けにちゃんと伝えるにはって、考えて、頭をかかえてる。
「桂はさ、なんで笑わなかったんだ?」
「……へ?」
シンプルすぎてコツも何もない感じなんだけど、ちゃんと言葉でのコーチングをしてあげないといけなくて。けど、その言葉が見当たらなくて。
「逆上がり」
「……」
「ダサいって」
「……? なんで? だって、誰でも最初はできないでしょ? っていうか、ごめん。俺、コーチング下手だよね。意味わかんなくない?」
感覚でやってるとこがすごくあって。けど、それじゃ酒井にはちんぷんかんぷんで。
「ホント、ごめん。明日、俺、レッスンん時に渋川コーチに訊いてみる。あと三週間、六回でちゃんとできるようにしないと、だし」
「明日、桂はレッスンなの?」
「あ、うん。ちょうど、同じ時間くらいに……」
「あ、柚貴だー」
更衣室を出たところだった。レッスンフロアから同じ器械体操をやってる女子がこれから更衣室へと向かおうとしてた。
「香織……ぁ、そっか、今日は新体操」
「うん。そう。はぁ、めっちゃ疲れた」
疲れるだろ。香織は週四回もレッスンがあるんだから。
俺は器械体操を週二、けど香織はメインにしてるのが新体操で、それが土曜日含む、週二で、その新体操の補助的な役割として、器械体操もやっていた。大学は体育大行きたいって言ってたっけ。
「あ、そだ。バイト始めたって聞いたよー」
がっくりと項垂れたと思ったら、パッと顔を上げて、レッスン中はお団子にしていた痕のくっきりと残る髪がふわりと広がった。ほっそりとした首を傾げて、俺をからかって笑ってる。桂コーチなんて呼んで。
出会ったのは小学生の頃。学校は小学校も中学校も何一つ一緒になってない。でも器械体操で曜日とかクラスがすれ違うこともありつつ、なんだかんだで顔をあわせる機会が多かったから、なんとなく、腐れ縁というか、幼馴染というか。お互いにもう古株だよねって、笑い合う仲だ。高校で週四、女子でそこまでレッスンしてるって子はあまりいない。大体中学くらいで終わりだし。香織くらいに新体操に本気で取り組んでる人はもうそんなにいない。
「楽しそうーって……柚貴の後ろの……」
そんな香織でもやっぱイケメンは気になるらしく。会話の途中からチラチラと背後うかがってるのはわかってた。
「あー、えっと、俺と同じ高校の」
「酒井公太です」
「ぁ、ど、どうもー」
ちょっと意外だった。新体操のこととなると楽しそうに話す香織でもそういう男子の前だと少し雰囲気が――。
「同じ高校なんですか? そっか」
ほら、敬語だし。
「うん。そう。俺は地元は全然違うんだけど。桂とは地元が一緒とか?」
「あー、ううん。私はここで一緒ってだけなんです。小学校も中学校も別々で」
けっこう人見知りしないで誰とでも仲良くなれるタイプの香織がちょっと緊張してる。
「へぇ、そっか」
モテ男子の本領発揮ってとこなのかな。今日の体育の時の女子と同じように、少し頬が赤くて。
「桂とは、じゃあ」
なんか。
「もう結構長く一緒にやってるの?」
なんか、なんか。
「あー、はい。小学生から。って、あれ? 柚貴と同じ器械体操? とかなんですか?」
変だ。なんか。
「あれ? でも、今日って柚貴はキッズクラスの……」
「あああ! えっと、違うんだ。その、器械体操入ろうかなって思ってたらしくて、今度見学に」
「? だって、柚貴のレッスン明日じゃん」
「! そ、そうだった! そうそう、そうだったんだ。それで、あれだから、失敗したなーって」
なんだろ。俺、慌ててる。
「?」
「そんなわけで、俺らはもう帰るからっ! そんじゃ! 明日ね! 香織!」
「ぇ…………ぁ、うん?」
香織なら絶対にそういうの笑わないって知ってるのに。むしろ頑張ってる人とか応援するし、そういう人のほうが好きなのに。
「桂? いいの? さっきの女子」
「い、いいよ! 大丈夫! あいつは、その平気だからっ」
「……」
香織がすごく良い奴って、そんなの腐れ縁の古株同士よくわかってるのに。
「桂?」
ヒーローみたいにカッコいい、体育のバスケで大逆転劇をやってのけちゃう酒井の秘密を教えたくなかった。
「桂?」
なんかすごく、教えたくなかったんだ。
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