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第7話 誰も知らない

 カッコいいヒーローの最大の欠点を自分だけが知っている。誰も知らない、世界でたった一人、自分だけが。  そんな秘密を、そんなスペシャルを自分が手に入れることができたら、きっと誰だって得意気になってしまうだろう。  それに似た感じ。そういう意味での独占欲。  うん。ただそれだけ。  香織は俺よりずっと器械体操も上のレベルで、新体操やってるからか身体のバランスとかピカイチで、頭も良いから教え方も上手で、同じ新体操やってる小さな女の子にはアイドルみたいに憧れられてて。  全然俺よりコーチングできるんだろうけど……。  でも! ほら! 酒井は逆上がりができないことを知られたくなくて、遠路はるばるあそこまで通ってるんだし。俺はバラせないじゃん。俺からはさ、香織に教えちゃダメじゃん。だからだよ。うんうん。だから。 「桂」  これは、そういう感じの独占欲だ。 「桂?」  別に他には何も。 「桂っ!」 「うわぁぁっ! は、はい!」  いきなり耳に飛び込んできた自分の名前に反射的に返事をした。ひっくり返ったおかしな声で。  やば。  急激に熱くなった顔面を手で慌てて隠した。はっず。めっちゃ教室に響いた。  なんで、俺が大きな声を出したタイミングで皆が静かになるんだ。普段、この中休みは騒がしくてお祭りみたいになるのに。 「あのさ、明日、暇?」 「え?」  珍しく酒井の周りに人がいなくて、背が高くクラスでも目立つ存在なのに身を屈めてる。 「明日って……」  学校もレッスンもない、普通の土曜日。 「あー、いや、別に忙しかったらいいんだけど。週末だし出かけるだろうし」 「?」 「ボーリングのタダ券? っていうか、商品券? とにかくもらったんだ」  とにかく何かをもらったらしい。 「も、もしよかったらだけど、そのなんか、週末だし出かけるとかなら」  それたった数秒前も言ってたよ? 「っぷ」 「か、桂?」  おあいこだ。うん。おあいこ。声がひっくり返った俺はヘンテコで慌ててしまって、それをお隣の酒井にじっと見られてたけど、俺も今、周囲にバレないようにと慌てて、二度同じことを言ったおかしな酒井を見れたから、なんか、おあいこだ。 「ううん。なんでもない。別に暇だよ。ボーリング、行きたい」 「マジで?」  うん。マジで。  そう返事をして、待ち合わせ時間を決めた。その直後、酒井とよくつるんでる佐藤がやってきて、それからぞくぞくと。あっという間に酒井の横顔は人だかりで見えなくなった。  酒井の地元はうちから少し遠くて、待ち合わせた駅は全く来たことのない場所だった。ここでいいんだよね?  土曜、駅前北口に十一時、だよね。  あってる、よね? 「……」  時計を見ると今現在、昼の十一時、十五分。  スマホには一応駅に着いたよー、とか、改札出たとこのコンビニ前にいるよーとか、連絡をしてみたんだけど。 「……」  既読マークがいっこうに付かない。  たぶん連絡が来ないのはスマホが手元にないか電源が入ってないから。  でも今日は土曜だし。約束した時間は十一時だし。北口で合ってる……はずだし。そう思いながら、上を見て、駅名の横に「北口」と書かれていることを確認した。  すっぽかされ……たりとかは、酒井だからないと思うんだけど。  なんか、あったかな。  少しだけ胸のところがざわつく。  バレたかな、って。  俺のこと、バレた、とかなのかなって。  そう考えただけで、胸のとこがぎゅっと苦しくなるほど、心臓が――。 「!」  その時だった。メッセージじゃなくて、電話が通話を知らせるようにずっと握って持っていたスマホが長く振動する。 「あ、もしもし? あの、今日」  今日だよね? そう尋ねようとしたら、電話の向こうで子どもの号泣してる声がいきなり聞こえた。 『ごめん! 桂! 今、行こうと思ってたんだけど、ちょっと妹が号泣しててっ、ちょっとだけ待っててもらってもいい? あのすぐにっ、行くからっ』  めちゃくちゃ泣いてる。 「あの……何か」 『いや、なんか大事にしてた指輪がないっつってて。そんで』  指輪っていう言葉に彼女の号泣レベルがまた上がって、電話越しでこれだと、現場はもう騒然としてそうだ。すごいけど、泣いちゃってて。 『ちょ、わかったから、にいちゃん、これから出かけんだって、だから』  これはきっと俺にじゃなくて、酒井の背後にいる妹さんに言ってるんだと思う。  兄弟、多いんだっけ? 何人いるんだろ。とりあえず、その妹さんのあまりに壮絶な泣き声につられたのか、泣き声が二倍、三倍って、増えてってるんだけど。 「あ、あの……」 『ごめん。今すぐっ』  五倍、くらいかな。 「あの、迷惑じゃなければ、俺も一緒に探そうか? その、指輪。あと、昼飯、作るのも」 『えっ!』  だって、その五倍くらいに膨れ上がった号泣の中、また別の兄弟なんだろう。誰かがお腹空いたって、ほら、また叫んでるから。  料理なんてそうたいそうなものできないけど。 『や、けど、悪いよ』 「いいよ。なんか冷蔵庫とかにある?」  けど、困ってたから。妹さんが指輪をなくしたって泣くのを、流すことなくちゃんと探してあげようとしてる。  やっぱり、日向男子だなぁって、笑顔になれたんだ。 『あー……えっと、にんじんと玉ねぎ、あっ! ちょ、おまっ、そのグミ、リナのだろっ!』 「……」 『ごめんごめん。えっと、玉ねぎと、それにキャベツにかいわれと……』 「なんか、必要そうなの買ってくよ、うち、どの辺?」  遠慮しなくていいよ。行ってみたいんだ。見てみたい。昨日のカッコいいモテ男子が妹弟に困って、てんてこまいで、慌ててるところなんて。  それこそちょっと特別っぽいことだから。 「今から行くよ」  興味津々。見てみたいんだ。

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