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第8話 おにいちゃん

 俺のお隣の席にいる、こっそり日向男子と命名している彼はイケメンで優しくて、イヤホンはワイヤレス。バスケ部のレギュラーで、その男バスのマネージャーでめちゃくちゃ可愛い一年女子に告白されたとか。クラスで仲の良い男子は佐藤。他校にすごい美人、読者モデルをしている彼女がいるらしい。スポーツ万能、成績良しの、顔良し性格良し、モテ要素たんまりの、酒井。 「ごめん! マジで! 駅まで迎えにもいけなくてっ」  けれど、今、ピンポンってして出てきた酒井は、かけている眼鏡が抱っこしている小さな子どもの玩具にされ、顔面に対してかなりの斜めになっちゃってて、忙しそうで、背後を走り回る兄弟に怒って、騒いで、とっ捕まえる。子どもなのに、なんか、米俵でも抱えてるみたいな、肝っ玉母さん風な、酒井。 「こら! リナ! ユウタのこと蹴るな! っつうか、ユウタはそのグミどっから持ってきたんだっ!」  グミ、大好きなんだ。買ってくればよかった。卵がないっていうから、指定された薬局のとこで卵と「パッと簡単チャーハン味」っていうふりかけだけ買ってきちゃった。 「ホントごめん! あの、桂っ」  なんか、あれだ。 「俺、あがってもいい? 酒井」 「「「はーい、どうぞ」」」  そっか。皆、酒井さんなのか。全員がいっせいに元気に返事をしてくれた。 「けど、せっかく土曜に」 「いいよ。別に」  なんか、楽しいから。 「酒井も手伝ってよ」 「「「はーい」」」  あ、そうだった。全員酒井さんなんだよね。 「公太、でいいよ」 「……」  俺の隣の席にはイケメン日向男子の酒井っていう、彼が座っている。 「じゃ、じゃあ、こ、公太、あの、お米」 「ぁ、うん」  けど、最近、俺が急に仲良くなった友だちは、逆上がりができなくて、優しくて、少し怒ると怖い、小さな子どもを米俵みたいに抱えた、公太っていう奴。俺は、今、そいつの逆上がり専属コーチをしている――なんてことを思って、くすぐったくて笑っていた。 「うっま!」 「ホントだー。これ、うまーい」 「うん。おいしー、ほっぺた落ちちゃう」  本当に落っこちてしまったらもったいないほど綺麗なピンク色をしたお饅頭みたいなほっぺたをリナちゃんが両手でブニと押して身悶えてくれた。うまーい、って気に入って食べてくれてるのは、ユウタ君。髪が短くて、活発そうな男の子。もう一人、ショウタ君は少しおとなしい感じで恥ずかしがり屋なのかもしれない。黙々と食べてるけど、ユウタ君が褒めてくれる度に、大きく何度も頷いていた。もう一人、マナちゃんが、たぶん、指輪をなくちゃった子だ。少し表情がしょんぼりしてて、彼女も引っ込み思案なんだろう。最初、俺を見て、目を丸くしてた。  うっま!  って、言ってくれたのは、酒井だ。酒井公太。  教室の彼よりくだけてて、鉄棒レッスンの時より少しはしゃいでる。  五人兄弟、なんだ。すごい、酒井がお兄ちゃんだ。 「ごちそうさまー!」 「ごちそうさまでしたー!」  食べ終わるとすぐに皆、お皿を流しへ置いて、走り始めた。食べて急に走ってお腹痛くなりそうだなぁって。 「なんか、ごめん。うちの両親、土日関係ない仕事だからさ。昼飯作ろうと思ったところで、マナが指輪失くしたって騒いで」 「いいよ。なんか楽しいし」  本当に楽しいんだ。うちは兄がいるけど、大学行ってて、もううちを出てるから。静かなもんだ。 「昼飯まで、さ」 「すごい好評でちょっと嬉しいし」 「……」 「あれ、普通にチャーハン味のふりかけ混ぜただけなんだ。卵と野菜炒めて塩コショウして、あとはご飯とふりかけ混ぜて炒めるだけ。けっこう美味しくて簡単だから」  ふりかけしか味付けに使ってないから、お米がべちょべちょになることもないし。唯一の欠点は、すぐにふりかけがなくなっちゃうことくらい。 「公太のうちだと一回でなくなっちゃうから、いくつか買っておいてさ」 「……」 「そしたら、またおうちがカオス状態でもどうにかご飯を……公太?」 「! ぁ、えっと、ごめん」  じっと見つめられてしまった。でもすぐに目を逸らして、公太は他の四人を巻き込んで指輪を探し始めた。  お米でも顔にくっ付いてるのかと思った。  眼鏡をしてるからかな、レンズ越しなのにドキマギした。真っ直ぐに見つめられて、さりげなく顔に、頬に触れると少し熱いような、さ。 「なぁ、桂にーちゃん、そっち探してよ。俺、こっち探してっから」  クンクンって裾を司令塔らしいユウタ君に引っ張られた。  すぐさま、遠慮しろって公太に叱られたけれど、いいんだ。一緒に探すって俺が言ったんだから。 「こっちね……うーん」  もりもり探したらダメだよね。よそのうちだし。指輪かぁ。指輪、小さな女の子がするものだからそう大きくはないのかな。うち男兄弟だから、女の子のそういうのちっともわからないんだ。 「マナちゃん、指輪って、どのくらいの……」 「!」  俺の手元をじっと見て、不安そうにしてた。胸のところでぎゅっと握ったグーの手が小さくて、可愛いなぁって。 「……ぁ」  その小さな手にとてつもなく燦々と輝きそうな、大きな赤いガラス玉。 「もしかして、指輪って、これ?」  ごめん、マナちゃん、見つけちゃった。 「うわー、すごーいすぐに見つかった! 桂にいちゃん、すげー」 「わぁ……」 「マナー、あったよー」  それぞれ四方に散らばって探していた小さな兄弟たちが、赤い大きな宝石のところに駆け寄った。駆け寄らなかったのは、持ち主のマナちゃんだけ。 「うわ、ありがと、桂」 「んーん」  皆大喜び、でも、マナちゃんだけはちょっと違ってる。どうしようって、困り顔。 「大丈夫だよ。はい、マナちゃん、見つかってよかったね」  だって、指輪は見つからないように本棚の奥、たくさん並んでる本に隠れるように、しまってあったから。  だからこっそりと、その手の中に戻してあげた。 「はい。どうぞ」 「……うちのおにいちゃん、すごいダサいの。学校行く時だけちょっと違ってて、でも本当はっ」 「うん。学校でも、おうちでも、人気者だよね」 「……」 「俺も、公太にいちゃん、好きだよ」  だから知ってるよ。 「カッコいいよね」  君もおにいちゃんが大好きなんだって、わかってるよ?  小さな可愛い女の子が大きな赤い宝石をぎゅっと握っていた。

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