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第9話 夜の公園
指輪はさ、きっと、彼女が自分で隠したんだと思うんだ。誰にも言わないけれど、きっとそうだと思うよ。自分の隠し場所に俺が向かっていって、しまったって顔をしてた。デートだって勘違いしたんじゃないかな。それで、指輪を探して欲しいって頼むことで足止めしようと思ったんだよ。
わざとおにいちゃんの悪口を言ってみたり、けれど、ずっとお手伝いをしてたし。大好きなんだ、きっと。
「なんか……今日はごめん」
外はもう真っ暗だった。まさかの夕飯までごちそうになってしまった。でも、あのカレーめちゃくちゃ美味しかった。びっくりだ。まずは野菜を炒めて煮て、ぐつぐつしてきたら、お肉が小さい子も食べ易いようにって冷凍の肉団子をぽいぽーいって入れただけ。簡単だけどめちゃくちゃ美味しくてさ。
「俺は……なんか、楽しかったよ」
「……桂」
「マナちゃん、めっちゃ神経衰弱強いね」
「桂が最弱」
本当、衰弱レベルだった。だって、皆すごいんだ。なんであんなにトランプの位置わかってるんだろ。まさか透けて見えるとか? 心の目とか?
ラスト、マナちゃんがめちゃくちゃ笑ってくれたの嬉しかった。
「マナがすごいはしゃいでた」
「そ? よかった」
惨敗の俺に、「どんまい」ってマナちゃんが声をかけてくれたっけ。
「大貧民なら負けない自信あるんだけどなぁ」
「そうなんだ。俺、けっこう苦手かも、それ」
「じゃあ、今度はそれで勝負しよ」
「……」
って、自分で言って、ちょっと戸惑った。今度は、ってことは図々しくも、また一緒に遊ぼうって言ってることになるわけで。
俺は楽しくて、たくさん笑って、たくさんトランプして、ホント、楽しくて。なんだったら、もう一回くらいトランプしたいくらい。
いや、さすがに、お邪魔しすぎだから帰るけど。
「あ、のさ、桂、そこに公園あるんだ。ちょっと、寄ってかない? 鉄棒、あるから、ちょっと練習。カレーめっちゃ食べ過ぎたし」
「ぁ、うん」
公園には鉄棒が三段階の高さで並んでいた。夜の八時半、鉄棒のところだけじゃなく、誰も他にはいなかった。
「じゃあ、肩くらいに腕を開いて、そうそんくらい。そんで、あ、待って」
「!」
「ここマットないから落ちたら大変。補助、ね」
鉄棒を握る手に手を重ねた。
お尻くぐりの時は全体重を手にかけることになるから、滑って落ちて怪我をしてしまわないように、手を握って補助をしたりもする。
いつもならマットがあるから落ちたところで、危ないけれど、危なくないから。でも、ここは外で地面は普通にかったい土だから。
「はい。いいよ。押さえてるから」
「……」
まずは鉄棒のお尻くぐり。コツさえ掴んじゃえば簡単なんだけど、なんか腕の角度が変だし、お尻をもう一度腕の中をくぐらせるのがけっこう怖いよね。慣れれば、全然なんなくこなせるんだけど。小さい子なんて特に身体が軽いから、ビビったりしない子は簡単にできちゃうんだけど――。
「…………っ! わっ! やった! できた! すごい! 公太!」
あんなにこれにてこずってたのに。足をさ、鉄棒に引っ掛けてバク転みたいにクルリとさせることはできてた。でも、この前まではそこからお尻をまた腕と腕の間でくぐらせることができなかったんだ。お尻をどう持ち上げたらいいのかわからなくて、戸惑っていた。
「すごい! 公太! できたじゃ……ぁ、あ」
自分の声が静まり返った公園に笑っちゃうくらいはしゃいでた。
それと、すごい普通に「公太」って呼んでた。
「あは、ぁー」
酒井って呼んでるんだけど、兄弟が全員返事をしちゃうから、公太って。けど、それはやむなくっていうだけで、そうしないと皆が毎回返事をして話が進まないからってだけで。
そんな馴れ馴れしい呼び方をするほど、には。
「公太、でいいよ」
そんな馴れ馴れしい感じになるほど、本来は仲がいいわけじゃなくて。たまたま席が隣になった、たまたまスポーツジムで遭遇した、けれども、全然接点も共通点もない、別世界っていうと、なんか壮大な感じだけど。
でも、そのくらい、本当は離れたとこにいるはずなんだ。
「俺も、桂のこと、柚貴って呼んでいい?」
補助の手を、手に、重ねたままだった。
「ぁ……うん、あの、どぞ……」
「ありがと」
手を――。
「!」
離そうとしたら、掴まれた。きゅって。
「柚貴」
きゅって、掴まれて。
「あ、うん。って、なんか、慣れないね」
「好きだ」
ぎゅって、なった。
「柚貴のこと、好きだ」
ぎゅぅぅって、なる。
「ぇ……あの、俺」
「うん。わかってる」
男、だよ?
「けど、好きだ」
「……」
「答えが欲しいとかじゃないんだ。言うつもりもなかったし。言っちゃったけど」
そう言って苦笑いを零してる。
「さっきさ、マナに俺のこと好きって言ってくれたのがさ、めっちゃくちゃ嬉しくて、そういう意味じゃないってわかってても、テンションすごい上がった。そんでテンション上がってるから、なんか、どうしても言いたくなったんだ。今日のボーリングも、俺的は、すっごいデートだったし」
マナちゃんはデートに行ってしまうと勘違いをして、足止めしたくて、指輪を隠した。デートだって、思ってた。
「ごめん。ビビったよな」
「……」
「その……けどっ!」
「パパー、ママー、早く花火!」
二人で飛び上がって、掴んでいた、掴まれていた手をパッと離した。
小さな子どもが大きな花火セットを嬉しそうに抱えてる。
「行こう」
「ぇ……」
「その、気にしなくていいし。困らせてるの、ごめん。けど、マジで気にしないで」
「……あのっ」
「気持ち悪いとかじゃなければ、このまま、普通に、してもらえたら、嬉しい」
公太が少しだけ笑った。
「帰り、遅くなった。ごめん」
謝ってばかりの公太は少しだけ歩くのが早くて、俺はちょっとだけ小走りで追いかけないといけなくて。公園で始まった手持ち花火の音はあっという間に遠く、聞こえなくなってしまった。
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