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第10話 恋をするということは

「ただいまぁ……」 「あ、おかえりー。夕飯ご馳走になって、ちゃんとお礼言った?」 「んー」 「お風呂入っちゃってよー」 「んー」 「柚貴?」 「んー……」  びっくり、した。 「……」  ベッドに飛び込んで目を閉じると、さっきの公太がプカリと浮き上がって目の前に出現する。  ――柚貴のこと、好きだ。 「……」  ――けど、好きだ。 「……」  好きって、公太に言われた。公太に。  ――ごめん。ビビったよな。  うん。ビビった。  ――困らせてるのは悪いと思ってる。ごめん。  たくさん、謝ってた。謝らなくていいのに。  ――気持ち悪いとかじゃなければ。  気持ち悪くなんてないよ。だって、俺。 「……」  ゲイ、だもん。  そんで、たぶん、公太のこと、めっちゃ意識してるし。きっと、好きなんだと思うんだ。 「……」  だから、何も言えなかった。  今度はぎゅっと力を込めて目を閉じる。そしたら、浮かんできたのは公太じゃなくて。  ――柚貴っ! 俺っ。  ――ごめんっ。  あの時のこと。  ――ごめんっ。その、やっぱ、俺、そういうふうに、は……。  思い出すのは、必死に腕で突っぱねた友だちのこと。その邪魔をする俺の腕をじっと見てから、俺の顔を見て、裏切られたって表情をしたあいつのこと。 「っ」  あけぼのスポーツクラブでずっと一緒に練習していた友だちだった。マットが得意で、俺もそれが得意だったから、一緒にバク転の練習をコーチに内緒でしてた。フォームに変なクセがついたらダメだから、手順どおりにしか技を習うことはできない。でもやってみたくて。  同じ歳だったし話が合うからよく一緒にいることが多かったけれど、学校は別だった。  スポーツクラブの中で一番仲が良かった。  そして、中学三年の時、告白された。  好きって言われて、俺は、うん、って、答えたんだ。  もう中学には親関係なく自分で練習場まで行くし、帰る。その帰り道に二人でコンビニでお菓子を買って食べてたけれど、その日、そいつは大好物のアイスを食べずにじっと見つめてた。  どうかした? って、俺が無邪気に声をかけると意を決したように顔を上げて――夕陽のせいなのか、真っ赤になってたのをよく覚えてる。  好き、って言われて、ふわふわして、そのふわふわした頭でコクンと頷いたんだ。頷いてしまった。  自分が同性に対して恋愛感情を持つのは自覚してた。けど誰にも言えなくて悶々としてた。ずっと俺は片想いしかできない気がしてた時、その告白を受けた。  嬉しかったんだと思う。  自分と同じように同性を好きになる奴がいたことが。  そして、それと同時に、断ったらとても悲しむだろうとも思ったんだ。だから、「うん」とだけしか答えられなかった。  嫌われたくないのと、嫌ってしまったら、自分もいつか誰かに嫌われるかもしれないっていう不安と、あと、とても残酷だけれど、可哀想、って思ったんだ。断ったら、可哀想って。  嫌いなんかじゃなかったし、一緒にいて楽しいから、頷いたんだ。  でも、嫌いじゃなかったのも、一緒にいて楽しいのも、友だちだからでさ。  キスをされたんだ。  レッスンの後、いつもみたいにしゃべってた。俺はあいつの顔をちゃんと見れずに俯いていた。二人っきりで話し込むのはいつものことだったのに、なぜか急に、その場から離れたくて仕方なかったんだ。手を繋ぐのもイヤだった。  ――柚貴。  名前を呼ばれて、顔を上げた瞬間、キスをしようとするあいつの顔がすぐ目の前にあって。  気が付いたらあいつのことを押し戻してた。  ――柚貴! 俺さっ。  イヤで、キスしたくなくて、出てきた言葉は。  ――ごめん。  謝罪だった。あいつが俺に向ける恋愛対象としての視線にイヤな気持ちがして、キスをすることに、酷い気持ちしか持てなくて。  無理だった。  俺は、あいつに友だち以上の感情は持てなかった。 「……」  結局、そのままあいつは高校受験を理由にスポーツクラブを辞めたっきり。 「……はぁ」  嫌われたくない、傷つけたくないって、思ったのに、結局一番嫌われた。一番ひどく傷つけた。俺がしたんだ。  でもイヤ、だった。どうしてもイヤだった。  あのキスをしようと近づいてくる顔がとてもイヤでイヤで。ひどく悪いことだと思った。キスをすることが、とてもいけないことに感じた。あの、突っぱねて、拒否をした時に、誰に対してなのかもわからないけれど、胸の中いっぱいにあったのは罪悪感。  それと後悔。  もう、あんな思いは。 「……」  したくないんだ。  ――好きだ。  もう、あんなの二度とごめんなのに。  ――柚貴のこと、好きだ。  ぎゅってなる。 「……何、これ」  また、あんなふうに罪悪感で胸のところが塗り潰されて苦しくなりたくないのに。  ――けど、好きだ。  何度も謝る公太の顔、真っ直ぐとほんのちょっとも曲がらない好きって言葉、それを思い出すと、胸のところはまた苦しくなる。けれど、熱くもあって。 「……公太」  その名前を口にすると、ほんの少し緊張した。

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