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第11話 ただの立ち話

 日曜は一日ボーっとしてた。  何度も親に「なんなの、ボーっとして」って言われるくらいには、なんか、ボーっ……って。  だってさ。 「……はよ」  好きって、言われたんだ。  この人に。  一昨日、好きって言われた。 「ぁ……」  ――公太、でいいよ。 「はよ……こ、た」 「うん。柚貴」  そんな、ただ名前で呼んだだけのことで嬉しそうにしないでよ。  学校の下駄箱のとこ。ぞろぞろとやってくる皆につられて下駄箱で上履きのサンダルに履き替えるとこで、隣に公太が来た。  ほら、公太があまりに嬉しそうにするから、頬がなんか熱くなるじゃん。  だって、俺、この人に一昨日好きって言われたんだ。 「あ、あのさっ」 「!」  ただこうして声をかけられただけで心臓が飛び跳ねる。 「あの……一日考えて、どう?」 「え? あ、あの」  どうって、何が? 「その、キモく、ない?」 「……」  途切れ途切れに尋ねられた言葉がわからなくて一瞬考えてしまった。 「俺のこと」 「! は? なんで? そんなわけないっ」 「マジで?」  だから、そんなに嬉しそうにしないでってば。ふにゃりと笑って、頬を赤くしたりとか。 「あは、そっか……そっかぁ」 「うん」  俺も、何をそんな慌てて否定してんだろ。  その時だった、いつまでも下駄箱のところで二人立話をしてたら、佐藤が公太を呼びに下駄箱へと顔を出した。「おーい」って呼んでて。公太がわかったって返事をした。  見てて思うんだ。佐藤と並んだら、もう女子がワーキャー騒いでしまうだろうイケメン男子二人組み。  なんで、俺を好きになったんだろう。 「あのさ、公太」 「うん」 「なんで、俺? その、俺、平凡じゃん。それこそ、佐藤のほうがさ」  カッコよくて人気あって、いつも一緒にいるだろ? 仲良いんだし、好きになるなら、普通はそっちを好きになるんじゃない? 女子だって、俺と佐藤を並べたら、ほぼ全員、いや、もう確実に全員が佐藤を選ぶと思うよ。 「ちょっ……」 「ちょ?」  ちょっとは気になった、とか? ちょっと好みじゃなかった、とか? ちょっと、なんだろう。 「ちょ、朝一、すげえ怖いこと言うなよ」 「へ? な、なんで?」 「想像したら、げっそりしてきた」  ホントだ。本当に急にげっそりしてる。そんなに? そんなに佐藤との、そういうのは考えたことないんだ。 「っていうか、柚貴だからだよ」 「……え?」 「好きになったのは、柚貴だからだ」 「……」  そこで予鈴が鳴ってしまった。気が付けば、下駄箱のところの人もずいぶんと減ってきていた。 「行こう、柚貴」  これは……とてもすごいことを言われてしまったんだと思うんだ。朝一の学校で、俺らはきっとかなりすごい会話をしていた。 「授業始まる」  彼もそう思ったんだと思う。耳まで真っ赤にして、困ったような照れくさいような、そして慌てたような不思議な顔をしてた。  だから、ただの立ち話だったのに。 「よーし、ホームルーム始めるぞー」  俺らが最後だった。別に、話してただけなのに、耳が熱い。頬もちょっと熱い。 「……コホン」  お隣さんが咳払いをした。小さく、ホームルームを始めた担任の邪魔にならないように。  そして、そっちを見れば、公太が俺と同じように耳と頬を赤くしながら笑ってた。だって、なんだか皆よりも遅れて教室にやってきた俺たちは、ちょっとばかりくすぐったかったんだ。 「お、酒井君、前周り綺麗にできるようになったね」  渋川コーチが全く渋くない顔で公太とハイタッチをした。お尻くぐりができたら、なんか急にグンとレベルアップした気がするんだけど。って、たぶん、前周りのほうが慣れてるよね。  前周りができたら次はもう、公太の最終目標「逆上がり」を残すのみ。 「おーし! 次は逆上がりがんばれよー!」 「はい」  うん。それができたらばっちりだ。一ヶ月の短期集中レッスンは今日で四回目。四週各二回ずつ、合計八回。もう半分。  残り半分が終わったら、逆上がりができるようになったら、ちょっと、ちょっとだけ、ね。寂しいよ。  けど、そもそも運動神経は悪くないはずなんだ。ショウタ君もユウタ君も運動神経よかったしさ。部屋の中ででんぐり返し大会した時、皆すごい上手だったもん。だから、公太もすぐに覚えるんだろう。  コツさえ覚えてしまえば、お尻くぐりみたいに、なんでこれが難しかったんだろうって思うよ。  そしたらさ――。 「まずは、身体に鉄棒をぐっとくっつける。いーち、にーの、さんっ! で、鉄棒を引き寄せながら、足を高く自分の身体のほうへ向けて、蹴り上げる」  そしたら、そのうち学校の席だって席替えしちゃって、スポーツクラブに公太はいなくて。 「蹴り上げるんだぞー」  公太はいなくて、少し。  いや、少しどころじゃないくらいさ。 「いーち、にーの、さんっ! っ……さん!」  いなくて寂しいって、思ったんだけど。 「………………なるほど、なるほどねぇ。とりあえず……頑張ろう」  思ったんだけど、しばらくは大丈夫みたいだ。逆上がり達成はまだまだもう少し先になりそう。 「あ、なんで笑ってんだよ! 柚貴!」 「笑ってないってば。全然、笑うなんてこと」 「ほらー! 今、笑っただろ!」 「笑ってないって、ばっ」  その心配はまだまだまだ不要っぽい。うん。一緒に頑張ろうよ。 「ほら、笑った!」  笑ってないって。本当に、ただ、まだ公太と一緒に、この秘密時間を過ごすんだって思っただけだよ。 「またー!」  公太の声が見事なほどトレーニングルームに響いていた。

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