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第12話 高校デビューですから!

「柚貴―、ごめん、唐揚げ、チリペッパーしかなかった。あと、秋刀魚の蒲焼風味と、ゴーヤチャンプル味だった」  それ、どうしてそんな二つの味にしたんだろ。秋刀魚の蒲焼味、ゴーヤチャンプル味って、それを食べればよくない? あえて唐揚げにする必要ないと思うんだけど。 「チリペッパーでよかった?」  そしたら、必然的にチリペッパーになるわけで。どうして一番王道だろう、皆が好きな塩味とかがなくて、斬新なのだけしか、この夕方でけっこう混んでいそうなコンビニにないんだろう。  爽やかな日向男子の公太が差し出してくれた唐揚げの入った紙の筒には、少し凶悪な唐辛子キャラクターが恐ろしい悪巧みをしてそうな笑みを浮かべてこっちを見つめていた。 「かっらっ!」  ブラブラしながら見つけた公園に立ち寄って、その日の買い食いが終わるまで二人でぐーたら。今日はレッスンがなしの放課後、本屋で欲しい漫画を買った帰りに見つけたコンビニで唐揚げを調達して、そこから歩いて見つけた大きめの公園で食べることにした。 「めちゃ辛いのが後から来る!」  最近、公太と普通に一緒にいることが多くなった。席が隣っていうのもあるけれど、公太が普通に「ねぇねぇ」って話しかけてくる。腕枕をして、こっちだけを見ながら。眩しそうなのは多分俺のほうが窓際だから。陽が当たるんだと思う。 「ホントだー。めっちゃ辛い」  眩しそうに笑うのはきっと、絶対に、俺が窓際だからだ。  今は……そうだな。公園の街灯の下にいるから、それが眩しかったんだ。きっとそう。俺はちっとも眩しくないけれど、たぶんそう。 「チリペッパーってこんなだったっけ?」 「ち、違うと思う」 「甘いジュースにすればよかった。柚貴、辛いの苦手?」 「んー、苦手、かな。ピリ辛くらいでお願いしたいかも」  今日は金曜日。あの日から、ちょうど明日で一週間になる。  でも、公太はあの一回言ったっきり、特別変わったところはない。名前で呼ぶようになったことと、教室でも普通に話しをしてること。それと――。 「秋刀魚の蒲焼味にすとけばよかった」 「ぇ、そっち? 公太、そっち?」 「ゴーヤチャンプルだよ? 唐揚げなのに苦いって斬新すぎない?」  それと、俺を見て笑う時、とても眩しそう。 「あれみたいじゃん。色と味の違うキャンディー」 「あ! 知ってる! それ!」 「ぁ、マジで? 柚貴も知ってる?」  知ってる知ってる。けっこう好きなおやつだった。色と中身のフレーバーが違ってて、食べる時に混乱しちゃうからっていうやつ。  たとえば、緑でメロンか青林檎味だと思ったら、全然違うオレンジ味。最初はちょっと驚いたりするんだけど、最終的にはさ。 「あれ、味がどれも似てる気がしてくるやつ」 「そうそう!」  公太もそうだったらしい。そうそう、甘くて美味しいっていうだけの認識になっちゃう。 「けど、あれ普通に美味しくてよく買ってた。あーさっきのコンビニにあったのかな。買えばよかった」 「じゃあ、次の時、それ買おうよ」 「! あぁ、そうしよう」  また笑った。今度は眩しそうにじゃなくて、一瞬、目を見開いて、そして顔をくしゃっとさせて笑う感じ。可愛くて、いいなぁって思う笑顔。好――。 「柚貴?」  今、浮かんでいた言葉を慌てて飲み込んだ。  あいつとも、レッスン後とかにお菓子買って公園で食べてから帰ったっけ。あの時は、アイスで。  ――柚貴! 俺さっ。  あの時は、俺が無理に突っぱねてアイスが地面に落っこちちゃったんだっけ。  ぺしゃんこになって、ドロドロになった水色のアイスは砂利だらけになったんだ。そして俺が強引に押し返したせいでよろけたあいつがそれを踏んづけてしまったことを良く覚えてる。  ぐちゃぐちゃになって、なんか、すごくイヤな気持ちが混ざり込んできたんだ。 「えー、電車だけどー?」  その時、甘ったるい女の人の声がした。俺らが座っているベンチの前、ぐるりとこの公園を一周できる遊歩道がある。その道をカップルが歩きにくそうなほどべったりとくっついて横切った。 「やだぁ」  やだぁっていってるけど、本当にイヤな訳じゃないから笑ってた。 「「!」」  公太も俺も、二人して身構えてしまった。向こうはもうそれぞれお互いのことしか目に入ってないらしく、高校生二人にガン見されてるのもおかまいなしに。  キスをした。  夜の公園で、誰もいなそうなところで、キスをしちゃった。  そして、少し辺りを見渡せば、季節的に夜のほうが涼しくて過ごしやすいのかもしれない。ほら、イチャイチャするとそれだけで暑そうだし。  あっちでもこっちでも、木が生い茂ってるからかな。なんかうちの近所の公園とは全然違ってる感じ。そういうの、するとこじゃさ。 「んー……」  ない、でしょ。 「……」  ドラマみたいな短いキスじゃなくて、その。 「……」  長くて、なんか、あれな感じので。 「柚貴、向こう行こう」 「え、ぁ……公太」  スクッと立ち上がって、先に公園を出ていってしまった。 「公太っ?」 「ビビッた」 「う、うん」 「あそこ、そういうのメッカなのかな」 「どうだろ……」  公太はああいうの、やっぱ、したい、のかな。俺と、ああいうキスを。 「な、何? 柚貴」 「! う、ううん。あの、ああいうのビビるんだね。公太も。なんか、モテ男子っぽいから、慣れてそうなのに」  じっと見つめすぎて、尋ねられてしまった。 「は? 慣れてるわけないじゃん! 俺、高校デビューだよ?」 「……っぷ、それ自慢?」 「めっちゃ疎いっつうのっ!」 「自慢気」  したいのかな。俺と、あんな長くて、なんか、すごい感じのキスを。 「ビビるよ……高校デビューの俺は……」  俺と。 「……」  想像しかけて、思わず、唐揚げを二つ同時に口の中に放り込んだ。  もちろんその三秒後くらいに、俺は悶絶しながら、あとちょっとしかないペットボトルのお茶に縋り付いた。

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