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第13話 決戦は、明日

 そろそろ夏休み。  そろそろ花火大会。  そんで、花火大会の日は学校で、そんでそんで――。 「ねぇねぇ、花火大会、もう言った?」 「言えるわけなくない?」 「言ってみなってぇ。まだ枠空いてるかもしんないじゃん」  そんで、その日は、身体能力検査がある。身体的運動能力測定ってやつで、体力、筋力、瞬発力などなど。週末のちょっと浮かれた土曜日、特別クラスとして実施される。  けど、大半の人はその日の夜にある花火大会のことを考えていた。 「えー、けど、絶対にもう誰かと行くに決ってんじゃん。男バスマネもまだ諦めてないらしいしさぁ」 「けどさー、あんま噂聞かなくない? フリーかもしんないじゃん」 「んー、けどけどこの前うちのクラスのシバがさぁ」  会話を聞いてたら、どっちも話に「じゃん」が語尾にくっ付くのが続いてたから全部そうなるかと期待したら最後だけ違ってた。  ほら、後ろの女子も話題は花火大会のことに集中してる。  シバ、ぁ、知ってる。柴田さんっていうすごい可愛い子で、小さくて、とにかく可愛くて、あまりの可愛さに芸能界デビューもありえるんじゃないかって言われてる子だ。もうそれこそ、日向バリバリ女子で話したことどころか、目を合わせたこともないけれど。 「なんか話し込んでるの見たもん。ツーショットでさぁ。最強すぎるじゃん。無理だってぇ……」 「それはたしかに」  っていうか、たぶん、公太のこと、だよね。誘おうとしてたのかな、花火大会。  毎年、地元の夏のビッグイベントである花火大会は学校が夏休みが始まる直前に行われる。いつもはのんびりした川の土手、散歩中の犬とか、ジョギングしてる人とかが行き来するのどかな場所にびっしりと人が並んで、その土手の曲線に沿うように二百メートルくらいかな、これまたびっしりと夜店が立ち並ぶんだ。お祭りみたいにワクワクできるから、その花火を見るともう少しで夏本番がやってくるって気がしてた。 「あ、ほら、今、言ってみたら? もう明日なんだしさぁ」 「ええええ?」  そう、明日なんだ。明日は勝負の日。 「おはよ、柚貴」  俺らにはその花火大会よりも、その前の身体的運動能力測定のほうが重要で。 「……おはよ、公太」  この、今、後ろの女子が花火大会に誘うとしている日向男子にとっては、この一ヶ月におよぶもう特訓の成果を発揮するための日、でもある。  逆上がり、これも身体的運動能力測定には含まれている。  そして今日が金曜日、短期集中特別レッスンの最終日。  今のところ大丈夫。たまに、失敗するけれど、三回に一回の割合での失敗だから、きっと大丈夫。 「あ、あのさ、柚貴」  公太が緊張してた。そりゃ緊張するでしょ。だって、本当に鉄棒全然できなかったところからだもん。あんなに小さな子に混ざって、一人だけ巨人みたいになってても頑張ってたんだから。 「うんっ」  きっと大丈夫。今日のレッスンで最終確認をして、明日に備える感じで。 「あのさっ」 「うん」 「おーい、桂ぁ、お前、今日日直じゃなかったっけ?」 「あっ」 「先生が探してたぞー」  下駄箱から二年の教室へ向かう途中、金子とちょうどすれ違った時だった。 「ごめん。公太、先に教室行ってるね」 「ぁ、ぁっ、うん」 「後でねっ」  やば。普通にすっかり忘れてた。今日俺、日直だったっけ? 「あ、来た来た。桂悪いな。これ、全員に配ってもらえるか? 名前あるだろ?」  教室に入ってすぐ手渡されたのは一枚のマークシート。明日の身体的運動能力測定の時に使うらしい。 「はーい、今、桂に配ってもらってるシート、かーなーらーず、太枠の中を記入して、俺のとこまで持ってこい。くれぐれも持って帰るなよー。明日使うからなー」  そして、そのシートを配りながら、測定項目に鉄棒の種目が書かれているのを発見して、やっぱり俺も少しだけ緊張していた。  今日の目標はノー失敗、イエス逆上がり。  まずはツバメの姿勢、基本の姿勢なんだけど、鉄棒に乗ってから足先、頭までを一本の線で繋ぐようにピシッと伸ばして、そのまま十秒。着地して、今度はお尻くぐり、前周り、そして、ラストは逆上がり。  どれもとても基礎的なんだけど、ちゃんと一つ一つを丁寧に姿勢から気をつけてやってみると、けっこうカッコいい技になるんだ。 「はーい、次―」  今日はその仕上げの日。最終日はこの一連の業ができると金メダルがもらえる。大人の掌よりも小さいメダルだけれど、青と緑の爽やかなリボンのも金の刺繍がしてあって、ちょっと見た目は豪勢なんだ。  逆上がりどころか鉄棒が大嫌いだった子たちが一ヶ月かけて頑張った証の金メダル。 「はい、オッケー」 「やたっ」 「はーい、次―」  俺はその技途中で怪我などがないようにと補助として近くにスタンバイしてる。  下にはマットが引いてあるけど、手が滑ることもあるし、勢いをつけすぎて大変なことになる場合だってあるから。 「はい、オッケー」 「えへへ」 「はーい……次っ」  ちょっと隣の、高さが高くなった鉄棒へ移動する。  次の人は、この小さい子たちと一緒に頑張った巨人の番だから。  まずは、ツバメ。そんで、もしかしたら一番手間取ったかもしれないお尻くぐり。案外早くにできた前周りに、ラストが、逆――。 「……」  上がり。 「!」 「はい、オッケー!」  すごい、ちょっとカッコよかった。すごく、めちゃくちゃカッコよかった。  子ども達も拍手喝さい。一回二回失敗しても、何度か繰り返せば大丈夫。皆、逆上がりまでできるようになっていた。 「よし! じゃあ、全員、合格。なので金メダルをプレゼントします」  子ども達はやっぱり嬉しそうで早速首にかけてニコニコ笑顔に。  ちょうどいい時間。夜の時間枠ラストのレッスンだから、少し早めに上がっても大丈夫。着替えて送迎に乗る子もいるから、ここで、整列して渋川コーチからの挨拶で終了だ。 「今回、すごくみんなが頑張ったので、全員逆上がりができるようになりました。えー、このまま器械体操等を習いたいと考えている子は、ここにパンフレットがあるので、お父さんお母さんと是非相談してみてくださいっ」  しっかりラストに営業トークも交えて。 「はい! じゃあ、最後、しっかり挨拶をして終わりましょう」  レッスンは終わった。  けど、公太の本番は明日。 「柚貴!」 「公太、頑張ったー、すごいカッコよかったよ。ちょっと明日はクラスの皆ざわつくんじゃない?」 「うん。あの、ありがと、それでさ」 「わーい桂コーチ! 見てみて!」 「ぁ、俺もー、逆上がりすげぇできるようになったんだぁ」 「ちょ、皆、危ないから!」  お猿さんみたいに鉄棒に群がる子どもに慌てて駆け寄った。皆、鉄棒が苦手な子たちばかりだったから。苦手だったけれど、できるようになりたいと頑張った子たちだから、嬉しいんだと思う。ぐるぐると永遠回ってたいとか、すごいことを言ってる子もいて。 「公太! 今日は俺、まだ残るから先に帰ってて」 「えっ」 「ごめん。コーチラストだから、色々あるし、この子らもまだ、ほら」  いつもはラスト組の生徒が帰ったと同時に俺も帰るんだけど、今日はバイト代とかもあるし。本当にお猿さんみたいな子たちを渋川コーチ一人に託すのは気の毒だからさ。 「明日、頑張ろう!」  もっとじっくりいつもみたいに話したいけど、寝不足は厳禁。ガッツポーズをして手を振って。 「ちょ! だから、危ないっつうの!」  よじよじ、よじ登ってる子ども達が落っこちないようフォローするのに大忙しだった。 「……ガンバレ」  明日、逆上がりが一発成功しますようにって、公太の背中にたくさんエールを送っておいた。 「だから! よじ登るなっつうの!」

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