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第16話 小さな花火

 けっこう歩いたと思う。この辺はあまり来たことのないエリアだ。川の土手なんてどこまでいっても同じ景色だと思ってたのに。通学路のエリアを抜けたら急に別の世界みたいに雰囲気が全く違っていた。 「この辺なら、大丈夫かな」 「……公太」  たしかにこの辺なら、うちの高校の奴らはいなさそうだった。っていうか、夜店もないし、もう花火も小さくて、あまり花火見物っていう感じがしなかった。 「あの、柴田さんは?」  誘われてたでしょ? 女子が言ってたの聞いたんだ。今日一緒にいるって。ぽつりと尋ねると公太が目を丸くしているのがわかる。花火も見ずにずっと歩いていたせいか、夜に目が慣れてけっこう見えてきた。 「あー……うん。断った」 「え? そうなの?」  苦笑い? なんで? どうして? 「ちょっと、計算高いこと、した」 「……え?」 「柴田さんから花火誘われてさ」  うん。知ってる。この前、公太に話しかけてるのを見た。それと今日も体育測定が終わった後に呼び出してたから、だから皆も、きっと花火大会は一緒に行くんだろうって言ってた。  俺も、そう思ったし。 「そっちに行くフリしとけば、クラスの皆に合流できなくてもいいかなって」 「……」 「そんで、柚貴を誘おうと思ってたんだけど、話すタイミングがことごとく潰れてさ」  そうだったっけ?  きょとんとしてる俺を見て、公太が笑ったのと同じタイミングで、俺の後ろで花火がバチバチと賑やかな音を立てた。小さな、火花がたくさんいっぺんにチラつく感じの花火。  そして、公太の瞳の中にその花火がすっぽり入ってた。 「誘おうと思ったんだ」 「……」 「昨日、朝さ、話そうと思ったら、日直だし。そんでその次、スポーツクラブでレッスン終わった後にって狙ったんだけど。それも無理で」  そう朝日直だった。次の日、つまり今日の身体能力テストのことがあったから忙しかったんだ。シートを配って、それをまた回収しないといけなくて、朝からせわしなかったっけ。  で、夜は、レッスン最終日だった。だから子ども達に教えるのも最後で、なんか盛り上がって、青春学園ドラマ並みの熱い抱擁みたいになっちゃってた。もちろん、次の日の大勝負、逆上がりがあったから、公太には早くしっかり休んで欲しくてさ。 「避けられてるのかもって思ったりもしつつ」  先に帰ってもらったんだ。 「けど、嫌ってる奴の心配をあんなふうにしないかもって思って」  逆上がり、めちゃくちゃ応援してた。成功して本当に嬉しかったし。あの瞬間飛び上がりたかったくらい。 「あと、取られちゃうかも……って、思ったら、ビビってる場合じゃねぇじゃんって」 「え? トラ?」 「やっぱ、柚貴は気がついてなかった」  ニコッと笑った公太の瞳の中には今度青い小さな花火がいくつもいくつも咲いていた。 「能力テストん時、めっちゃカッコよかった」 「……ぇ……え? 俺?」 「そう」  声ひっくり返ったじゃん。そんなわけない。カッコよくなんて。俺が。 「気がついてないだけだよ。いつも静かにしてるから目立たないけど」 「……」 「けど、それがまた効果的っていうかさ」  普段物静かで目立たない男子が綺麗に側転してみせた。綺麗に倒立からの前転をして見せた。もうそれだけでギャップがハンパない、らしい。 「高校デビューを見事に果たした俺が言うから間違いないよ」  そんなの、あるわけ。 「で、女子が、めちゃくちゃはしゃいでてさ……慌てた」 「へ? あのっ」 「花火大会誘われたのとか、マジでさ」 「……」  あ、そうだ。俺ってば……。 「焦った」  公太がくれた告白に返事ちっともしてないんだった。 「だから、さっきさ、柚貴、どの辺? って訊いたんだ」 「……」  公太の中で、俺は公太を好きな子になってないんだった。 「そしたら、俺に来ないの? って訊いてくれたから、なんか、もう舞い上がった」  好きと言ってくれたことを受け流してる感じになってるんだった。 「一緒に見たいって、マジで思って」  公太は俺のことを好きでいてくれたままだった。俺は、その公太のことを、けっこう、ちゃんと好きになってた。 「片想いでも」  いや、けっこうでも、ちゃんとでもなく、すごく好きになってた。 「……どうしよ、公太」 「! ぁ、ごめっ」 「ううん。違うんだ」  手、ずっと繋いでてくれたんだ。だからずっとドキドキしてた。 「……柚貴?」  好きな人と手を繋いでたからドキドキしてた。  だから、どうしよう、なんだ。 「俺、さ、多分、女の子に興味ないんだ」 「え?」 「男子が恋愛対象っていうか、で……だから、その、えっと、前に、ね」  目を伏せてしまったから、今、公太の瞳にどんな花火の色がすっぽり入ってるのかわからない。ヒュー、ドンって、心臓の音みたいは花火の音だけが耳にうるさい。 「前に、中学の時、男子に付き合ってって言われたことがあってさ」 「え?」 「OKした」  ヒュー、ドン、ドン 「けど、本当は好きだったわけじゃないから、結局ダメになった」 「……」 「キス、されそうになって、その、イヤで突き飛ばしたんだ」  ヒュー…… 「だから、どうしようって」 「柚貴?」  人はもうまばらなのに、まるで大混雑してる向こうの土手にいる時みたいに熱くて、のぼせてしまいそう。  薄暗がりじゃ見えないはずなのに、頬が真っ赤なのがバレてしまいそう。 「本当に好きな人って、こんな感じなんだ」 「……ぇ? あの、それって?」 「キス、したい、とか思うんだって」 「……」  ドーン。 「……」  公太の瞳の中に真っ白でキラキラ輝くのがとても綺麗な花火が浮かんで、瞼を閉じて、見えなくなって、また、瞼を開けて、今度はもっとたくさん白い花火がヒラヒラ満開に咲き誇ってる。  この距離でしか見えない、花火。  キスをしたら、その瞳の中で見える花火。 「……公太のこと」  ビビったんだ。 「俺、好きだよ」  キス、したくなるんだって知って、すごくびっくりした。

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