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第17話 レモネード

 好きだなぁって思ったのはけっこう始めの頃から。  でも、前のことがあって、あまり意識はしないようにしてたんだ。  好きって言われたのがきっかけで付き合った友だちと結果絶縁状態になってしまったことがあるから。  嫌われたくないとか、可哀想とか色々理由はあるけれど、付き合おうってなったのに。  結局、俺はキスできなかった。  結局、可哀想なことをしたし、ものすごく嫌われた。  もう二度と話すことはないくらいに、嫌われてしまった。  そして、今、公太のことを好きかもしれないって思った。  そしたら、好きって思っても、キスはできないかもしれないって心配になった。 「だから、その、ちょっと悩んだ」 「……」  好きだけれど、好きだって思うほど、嫌われるのも、距離を置かれるのも、二度と話をできなくなるのも怖くなってく。 「公太に嫌われるの、ちょっとどころじゃなくイヤだったから」 「……」  今年の花火は去年よりたくさん打ち上げられるらしいよ。さっき駅で待ち合わせた時に、誰かがそう言ってたのが聞こえた。去年より一千発も多いんだって。それがどのくらい多くなったのかは、あんまりわからないけれど。  俺、毎年、そんなに花火見たりしてなかったから。 「あ、のさ、柚貴」 「?」 「さっき、柚貴の向こう側で花火が上がっててさ」 「うん」  だから、今年はいつもよりもたくさん花火が上がって綺麗だとか、ずっと打ち上げが続いててすごいとか、比較しようがないんだけれど。 「柚貴の後ろでたくさん上がるのが、なんかすごい綺麗でさ。夢みたいっていうか、でさ」  キラキラヒラリヒラリ、公太の瞳の中で打ち上がる小さな花火はとても綺麗で、ずっと見てたいなって思った。吸い込まれそうだなって。 「その、ホント、夢みたいっていうか、夢かもって」 「……」 「さっき、柚貴がキスしたいとか思うって言ったの、俺の願望っつうか」 「……」  黒い瞳の中で煌びやかに打ち上がる花火がとても綺麗だったから、もっと近くで見てみたいって、思ったよ。  今は二人で並んで、向こう側でたくさん打ち上がる花火を眺めてた。橋があって、そのアーチ状の吊り金が少し花火の邪魔をするけれど、でも、とても綺麗で、音が小さくて静かで、俺は好きだな。この小さい花火のほうが。 「うん。キスしたいって言ったよ」 「!」  頷くと、公太が「マジでっ?」って呟いて、その場にしゃがみこんでしまった。ビーサンの足元をじっと見つめて、小さく丸まってる。 「うん。マジだよ」  その公太を追いかけて、俺もしゃがんだ。  そしたら、草の爽やかな香りがした。草刈したばっかなのかな。ちょっと清清しくて、ちょっとヘンテコな匂いで。でもそこに混ざる公太の、シャンプーかな、爽やかで甘い香り。  まるで、レモネードみたい。 「キス……」 「うん、したいって、言った」  甘くて酸っぱくて、唇が触れるとシュワシュワって泡が弾けるような。夏のレモネードみたい。 「柚……貴」  唇が触れて、シュワシュワした。  離れると、公太から漂うレモンみたいないい香りがして。 「うん」  キスが、美味しかった。 「うん。公太」  だから、またキスをした。三回目のキスは、二人しゃがみこんだまま、足元でリンリンどこからともなく鈴の音を鳴らす虫たちに紛れるようにしながら。 「! ゆ、ゆゆゆ」 「あはは。びっくりしてる」 「!」  少し公太の唇を舐めてみた。だって、本当にシュワシュワしてたから、舐めたら甘酸っぱい味も唇からするんじゃないかって思ったんだ。 「公太、そんな地べた座ったら、お尻んとこ真っ黒になるよ?」 「だ、だってっ、だっ」  可愛いと思った。  うろたえる公太が可愛くて、優しい気持ちがじわりと広がった。でも、ちょっと違う。友達とか家族とかに思う優しい気持ちじゃなくてさ。優しくしたいのに、意地悪なこともちょっとしたくなる、不思議な感じ。  その時だった。一千発多く打ちあがった今年の花火大会。空が一面明るくなった。あっちからこっちから花火が打ち上がって、あまりに大量で火の明かりををバケツ山盛りいっぱいをばら撒いたみたい。  それから遅れること数秒。バリバリって雷みたいな大きな音たち。  フィナーレなのかな。  あっちの夜店がたくさんあって明るい辺りはきっともう大騒ぎかもしれない。 「あっ! そういえば! 俺、皆に抜けるって言ってない!」 「あー……いい、んじゃない?」 「え? でも、それじゃ」 「じゃあ、男子に言っておいて」 「へ? なんで?」 「いいから。抜けるの言うの、男子ね」  本当に本気でクラスの女子が俺のことをどうとかこうとかあると思ってるの? 「モテるのそっちじゃん」 「モテてません」 「柴田さんからアピられてたじゃん」 「アピっ! ちょ、柚貴、そんな今時の高校生みたいな事言うの? なんかっ」 「ダメ? あんま?」  話しながら、肩で小競り合い。しゃがんで、膝を抱えて、肩同士で、どーん、ってしてた。  どっちも倒れず、反撃にまた肩のところを、どーんってしてさ。 「ドキドキした。なんか、いつもの柚貴って少しクールでさ、よく横顔見惚れてたんだ」  公太が肩をとーんってして。 「だから、今の、少しはしゃいだ感じの柚貴が可愛いくて」  だから、俺はどーんって反撃をする。 「ちょっと、すごい、あのドキドキするっつうか」  はしゃいでるのかな。自覚症状はとくにないんだ。花火の時とかもあんまり反応良くなかったのか、女子に心配されちゃったくらい。でも、そうかもしれない。花火って、ぶっちゃけてしまえばそんなに俺は……だったんだ。最初は綺麗だし、さっきのフィナーレみたいにさ、これでもかってくらい清清しいほどたくさん打ち上がれば見てて楽しいけれど。普通サイズがポンポン、バン、ポンポン、バンって打ち上がってるのは正直飽きてしまうこともあったり。 「だって、花火」  今度は公太が反撃する番なんだけれど。 「好きな人と見てるし」  いっこうに攻撃を繰り出さないから、こっちから先制攻撃をしてみた。 「公太のことだよ?」 「!」 「好きな人って」  尻餅をついて負けちゃったのは、公太。  けれど、心臓バクバクで爆発しそうだったんだ。いつもはしないレモネードの香りに、二人っきりになった途端に香ったことに、距離とか、緊張とか、ドキドキとか。なんか色々がふわりと込み上げて、ずっとしゃがんでいた足の裏がチリチリチクチクしていた。 「うわぁ、すごい人」 「うん」  駅はもう大混雑だった。  誰かいるかな。クラスの奴ら。いたら少しめんどくさいかな。一応一緒に花火に来ていた男子に連絡はしておいたんだ。ちょっと人が多くて迷子になって見つけられそうにないって。  だから、迷子になった先で出会えたってことにしよう。うん。公太とばったりどこかで偶然に遭遇したってことに。 「柚貴?」  けれどその割にはお尻に草の葉っぱがつきすぎてて、尻餅のところが少し泥で汚れてて、なんだかとってものんびり花火鑑賞した感じになっているから、二人の逢瀬の証拠隠滅のためにも、ささっと手で払っておいた。

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