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第18話 ココナッツ、チョコレートにストロベリー

 全国身体能力テストからの花火大会、からの……夏休み。  あの日から俺たちは夏休みに突入して。 「柚貴―!」  俺たちは交際する彼氏同士になった。 「待った?」 「んーん、さっき来たとこ。今日は暑いね」 「……」  花火大会で告白の返事をした。すっごい時間差。すっごい待たせて、すごいすれ違いそうだったけど。  俺らはあの日、付き合うことになって、キスを三度した。 「公太? 何? 頭、ゴミついてた?」 「……さっき来たって、嘘じゃん。頭、あっちぃし」 「!」  今日は猛暑を越えて酷暑になるって言ってたっけ。駅前で待ち合わせ。そのまま駅直結になってるすごい大きな図書館でツーショットの勉強会。  早めに着いちゃったんだ。バスがちょうどいい時間帯のがなくてさ。  自転車でも来れたんだけど、暑いから汗かきそうじゃん。そう思ってバスにしたんだけど。 「どんくらい待った?」 「あー……十分くらい? かな」 「日陰で待ってたらよかったのに」 「あ、そっか」  たしかに。少しズレれば駅の改札で屋根があった。でも、ちっとも気がつかなかったし。日陰探すより、公太を探すことに集中してたからさ。 「とりあえずコンビニで飲み物買おう」 「あ、うん。って、公太も暑かった? 電車混んでた?」  うちの近くの駅だけれど、公太にとっては通学くらいに遠い場所。地元はかなりかけ離れてるから、この辺のことはわからないじゃん。  スマホでやり取りしてて、うちの最寄駅のとこにめっちゃ大きな図書館ができたんだって話した。昔、俺らが小学生だった頃はかなりボロだったのに、数年前に建て直して、今はピカピカの新品。一番下がカフェになってたり、個室が一人用、二人用、少人数用の三パターンで用意されていて、ガラス張りなんだけど音は漏れないから勉強をするのにちょうどいいとか話したんだ。  そしたら、一緒に勉強しようってことになって。 「なんか公太、顔赤くない? 熱中症?」 「あー……いや、これは……ちがくて」 「?」  でも、真っ赤だ。頬も首も耳だって、まっ赤っか。 「その、憧れの会話を、好きな人としてるっていう事実がさ」 「……? 憧れ?」 「ほら、待った? ううん、今来たとこ、的な?」  どうしよう。 「ちょ、笑うことないじゃん! あのさ! 俺、こう見えても非モテ男子なんだって根っこんとこ! だから! そういうの! めっちゃ憧れるんだって!」  めちゃくちゃはしゃいでしまう・  そして、思い出して、今、慌てて非モテ男子とか、今その姿で言うと謙遜通り越して嫌味なくらいのイケメンの口元を見てしまう。だって、またレモネードの香りがする。  公太が「待った?」って颯爽と登場した時からずっと鼻先をこしょこしょくすぐる甘酸っぱいレモネードの香り。  三度したキスの味が、ほら、また鼻先を掠めるから。 「はいはい。モテ男子」 「だーかーらっ」  甘くて酸っぱくて、ドキドキして、せっかく汗をかかないようにとバスに乗ったのに意味ないくらいにあっつくなったじゃん。 「レモネード?」 「うん。甘酸っぱい感じの」  防音だからおしゃべりしてても大丈夫で、一日に三時間までしか利用できない小ブース。ガラス張りだから中で居眠りとかはちょっとしにくいし、飲食厳禁だけれど、市民で図書館カードメンバーだったら無料で冷暖房もばっちり……ではないかな。ちょっと暑い。弱設定で節約してるっぽい。  でも、俺らの会話は聞こえないから気を使わなくていいのが嬉しい。 「げ、もしかしてクサい? 匂いつけすぎ?」 「んーん。ちっとも。いい匂いだよ? 公太、これってどうやって解くの?」 「あ、うん、これはさ……」  ほら、また香った。 「隣の席にいても気がつかなかった」 「え?」 「その香り」 「あー、モテたいじゃん?」 「……誰に?」 「柚貴に」 「!」  即答で、ナチュラルに、すごい普通に答えないでくださいな。しかも笑顔で。 「花火大会の前の週にさ、買ってきたんだ。夏限定、サマーグレープフルーツフレーバーの肌に塗るやつ」  香水じゃなくて、そんなたいそうなものじゃなく、何かないかなって探してた。海外のコスメブランドで、女子がよく雑誌を見ながらここのは季節ごとに違う香りだから可愛いよねって話してたのを思い出して、ふらりと立ち寄って見つけた。  甘くて爽やかで、少し美味しそうな柑橘系の香り。 「花火大会、絶対に暑いじゃん? 汗くさいとか絶対に一瞬でアウトだろうし」  美味しそうで、たくさんキスした。 「なんかさ、色んなフレーバーがあった。ココナッツ、俺的にはアウトなんだけど」  俺も、苦手、かな。甘すぎて、なんだか鼻先が酸欠になる感じがする。 「あと、アップルとかストロベリーにチョコレートもあった」  うーん、なんだか甘そう。 「甘そうって思ったから、匂い嗅いでないけど、好みだった?」  まさか、そこまで甘党じゃないよ。個人差があるけれど、俺はあんま、だよ。 「あとは、ぁ、ピーチ。すっごい良い匂いだった、甘くて美味そうで。けど、俺のキャラじゃないじゃん? 柚貴なら似合うと思……」 「?」  ピーチ、桃かぁ。桃は美味しくて好きだから、俺の好みの匂いかもって思っただけだったのに、公太がまっかっかになった。 「あ! ちが! 違うから! その、桃で、ほら、なんかあれとか想像してないから!」 「っぷ」  なんじゃそりゃ。 「何想像したんだよ」 「そ! 想像してないって」 「桃?」 「ちがっ!」  まっかっか。  笑って突付いて、可愛い公太に優しくしたいけど、やっぱりちょっと意地悪をしたい気分もして。胸中複雑な物が飛来する感じ。  英語も数学も苦手だけれど、けっこう国語は得意なんだ。けれど、そんな国語が得意な俺でも表現しきれない複雑な気持ち。  好きなのに、突付いて意地悪をしたいっていう、変な気持ちに笑いながら、腕を枕に机の上に突っ伏した。  チラリと見れば、困った顔をした公太がいた。 「……ちょっとだけ、そう想像した」 「? 何? 公太」 「柚貴の唇、ピンク色でさ、いつも……」  教室で隣に座る俺の横顔を良く眺めてたって言ってたっけ。ピンクで、柔らかそうで、まるで――。 「桃みたい?」  言いながら自分の唇を指先でぷにっと押すと、声にならない公太の叫びがガラス張りの小さな箱の中でこだました。

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