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第19話 蜂蜜漬けレモン
デート、になるのかな。会うのは、図書館とかショッピングモールが多い。夏休みの課題はあまりできてない、かも。ショッピングモールだったら、ブラブラしてることが多い。そんなにお金ないし、バイトはうちの高校めっちゃ厳しくて見つかったらアウトだからできなくて。お金をあまりかけずにデートができるとこには、つまり同じ学校の人がいる可能性も高くなる。
「……ン」
そんなわけで、キス、はちょっと難易度が高くなる。
今日は少し遠出をした。三日間、特別上映会が行われるプラネタリウムがあるんだってネットで見つけて、行けない距離じゃなかったから。一緒に行こうって。
夏の夜の空模様を大スクリーンで見ることができるらしい。夏のアニメ映画とのコラボなんだって公太が教えてくれた。夏休みの特別上映だから値段も安くて、ちょうどよかったんだ。
なんか都心のほうでもカプセル型のソファーとかでデートに最適、ってプラネタリウムが紹介されてたけど、ちょっとチケットが買えそうになかった。雰囲気もチケットも大人向け設定でさ。
だから、ここのプラネタリウムは楽しみにしてたんだ。
大きな駅だった。めちゃくちゃ大きいけれど、プラネタリウムがある建物は少し古くてサビれてた。ちょっと怪しげでレトロな感じがする建物で、その屋上はもっと怪しげで、人も誰もいなくて、立ち入り禁止なのかと思うほど。
そんな場所に二人っきり。少ししゃべって、目が合って、どっちからともなく唇を寄せて、触れた。
「……今日もグレープフルーツ」
シャワシュワレモンスカッシュみたいなキスの味。
「ごめっ、けっこう量あるみたいで、なかなか」
「俺、好きだよ。この味」
言いながら、俺からキスをした。
少し、いや、うーん、けっこう、かな。五センチ以上、公太とは身長差があるんだ。だから、俺からキスする時は覗き込むような体勢になってしまう。その懐に潜り込んで甘える猫の気分。
ぺろ、って唇を舐めると本当にレモンスカッシュでも飲んでる気分になるんだ。デートで一緒にモールの中をブラブラしてるだけじゃ、図書館でふざけあいながら勉強をしている時じゃここまで濃く感じない柑橘系の爽やかな香り。
公太とキスしたいって、なるよ。
「柚……貴……」
「ン」
繋いでいた手、公太がぎゅっと力を込めて握って、唇を舐められた。濡れた柔らかい舌と湿ったキスと、それから、もっと濃くなる柑橘系の甘酸っぱい感じ。
「っん」
ぴちゃって、濡れた音がした。
まるで蜂蜜とかトロトロにしたものを舐めてるみたいな音がして、その音のせいでレモンスカッシュみたいなキスが、シロップ漬けのレモンを食べてるみたいに変わる。
「柚貴……」
「ぁ、っ……」
「きゃー! あはははは」
「ウケるよねー」
心臓が、飛び出るかと思った。
よかった。一応、建物で隠れるような日陰のところにいて。
突然、女の子の声が誰もいない屋上に飛び込んできた。大笑いする声にその場で跳ねるくらいに驚いて、公太がちらりとそっちを伺った。
「びっくりした……お、降りよう。柚貴」
「う、ん」
そっと、その子たちから身を隠すように建物で死角に入り込みつつ屋上を後にした。
「はぁ、心臓止まるかと思った」
エスカレーターでゆっくり降りていく。寂れてるビルだったから、人がわんさかいるわけでもなくて、エスカレーターの手擦りがカタカタと小さな音を立てるだけ。
「うん。止まるかと思った」
「……」
頷いて、自分たちが乗っているエスカレーターの足元に視線を向ける。
「柚貴?」
「……うん。なんでもない」
自分がこんなことを思うなんて、思いもしなかった。
「プラネタリウム、よかったね」
「……うん」
もう少しキスしてたかったなぁ、なんてこと思うとは。
「今度、公太の妹と弟も連れてきたら、すごい喜びそう」
「え、全然やだ。無理」
「っぷ、そんな即答しないでよ。可哀想じゃん」
「だって、あいつら連れて電車に乗るとか、もう絶対に俺が忙しいもん」
思いもしなかった。
「柚貴と話す時間絶対にないから」
「あははは」
キスとかさ、する場所がないのをこんなにもどかしく思うなんてさ。
「それじゃあね、公太」
「あー、うん」
お互いの家と今日のプラネタリウムデートをした場所は、ちょうど、さっきドーム型の屋根で見せてもらった夏の大三角形みたいに離れてて、ここでバイバイになる。
夏の大三角形に、天の川。白鳥座に蠍座。たくさん星の名前を教えてもらったけれど、目に焼きついたのは夜空と同じ色に染まった公太の横顔だった。
チラチラ伺ってはドキドキしてた。
ロマンチックな星のお話に濃紺色の大スクリーンで光輝く星たち。それとここは知り合いに出会う確率が少ないこともよかった。
「またどっかさ」
「うん」
あと、何よりも、レモンスカッシュ味だったキスが今日は蜂蜜漬けのレモン味に変わったこと。
でも、キスはけっこう難易度が高いから。
「行こうね」
「……」
「あ、ほら、公太、そろそろ電車来るんじゃない?」
「うん」
「俺、あっちのホームだから。それじゃあね」
「うん」
「またね」
まだ一緒にいたいなぁとか名残惜しいなぁとか、鼻先に残る柑橘系の甘酸っぽさがゆっくりはなれてくのを見送った。
また、明日は図書館かな。でも図書館じゃ絶対にキスできない。ガラス張りだしさ。
モールじゃ、誰か知り合いがいるかもしれないから、なんかそわそわするしさ。
「……ぁ」
電車に乗り込んだ時だった。車内の広告の一つに思わず声が零れた。
――ブルブルブル。
ちょうど公太も電車に乗った頃なのかな。
「!」
スマホに送られてきたメッセージに、気持ちがぴょこんと跳ねた。
――今度、プール行かない?
即行だよ。返信するの。
だって、俺もちょうどその広告を見つけたんだ。
夏休み限定送迎バス無料、学生割引き! スライダーに流れるプール、お化け屋敷に、ジェットコースター、たぶん、ジェットコースターはとても小さいのだろうけど。夏限定イベント盛りだくさん。夏休み特別打ち上げ花火もあるんだって。
――行く!
ちょうどさ。その広告を見つけて、公太に連絡してみようと思ってたんだ。
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