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第20話 夏休み特別夏期講習
屋内外両方にプールがついてて夏でも冬でも楽しめるレジャースポット。電車の中で見つけた外にある大きなスライダーから勢い良く滑走していく水着姿の女の子が両手を挙げて「バンザイ」をしてた。
ハイビスカスの花が散りばめられているカラフルな広告ポスターには送迎バス無料、学生割引キャンペーン実施中の文字が楽しそうに飛び跳ねて躍っていた。
「……」
変、じゃないかな。
またもや夏の大三角形くらいに俺たちの住んでるとことプールの場所は遠くて、無料送迎バスが出ている駅に集合にした。
大きなガラスの手前、クロップドパンツに縞々のTシャツ、ビーサン。びしょ濡れのバスタオルを入れて帰ってきても大丈夫なようにビニール製のボストンバックを抱えて……なんか、夏感がすごすぎる? もうちょっとデートらしいお洒落をしたほうがよかったかな。いや、っていうかさ、ほぼ毎日出かけてるから、お母さんがデートなんじゃないのとか、今朝、俺のことを突付くから。
妙に意識しちゃうじゃん。
彼氏とプールデートとか、思って、緊張しちゃうじゃん。
「ごめん、待ったよね」
「ううん。ぜんぜ……」
「ごめん。暑いのに」
浮かれすぎたかな。だよね。さすがにビーサンはちょっとだったかも。
「はぁ、あっつ……行こうか」
「……」
「柚貴?」
「……ぁ、うん、あの」
だって、公太、ローファーに、眼鏡、してる。
「あっ! もしかして! これ?」
じっと見すぎた。
公太が慌てて自分の眼鏡を指差した。
うん。そう。それのこと。
だって、眼鏡なんて普段かけてないじゃん。学校ではコンタクトでしょ? 眼鏡はうちにいる時の、日向男子じゃない公太のアイテムだから。
それに、ローファーに、シャツになんていうか大人ズボン。サラリーマンみたいな感じで、革ベルトもしてるし。なんかそのまま「塾」にでも行きそうな雰囲気。持ってる鞄はリュックだけれど、その中に入ってるのが水着にバスタオルとは到底思えない。
「あーこれは、違うんだ」
「……」
「ユウタ達がさ」
「?」
夏休み特別夏期講習――に参加することになりました。
「っぷ、くく、あはははは」
「いや、あの、笑い事じゃないからね」
「だってさ」
そういうことにして、今日、うちを出て来たんだって。
「もー、大変なんだって。リナがマジですごい勘が鋭くて、なんか毎日浮かれてない? とか言ってくるし、毎日笑顔だしとか言われてさ」
「うん」
「そんでユウタ達がにーちゃんだけ楽しいことしてんだろって問い詰めてくるし」
「うんうん」
それすごい想像できる。
リナちゃんは少し活発で、でもすごい女子力高い感じ。もうお兄ちゃんである公太の手伝いっていうか、公太がたまに指示出されるくらいだったから。
そんで、ユウタ君たちはとにかく楽しい事大好きだもんね。お兄ちゃんが毎日楽しそうだったら絶対に自分も入りたいって言いそう。
「けど、マナがさ、柚お兄ちゃんも行くの? だから行くんでしょ? とか言うし。今までそういうの一回も行ったことないからさ」
マナちゃんは少し大人しいかな。リナちゃんほど前には出ないけれど、しっかりしていて、きっとおしとやかな素敵な女の子になると思う。
「そんで、柚貴の名前出された瞬間、鼻の下伸びたって、またリナが笑うし」
「……」
「あ! 違う! 鼻の下じゃない! えっと、スケベ心みたいなことじゃなくて、そのっ」
そんなに慌てて否定しなくても大丈夫だよって、うん、と頷いて、それを見た公太がホッとしてた。
そんなこんなで、今日のプールは絶対にバレるわけにはいかなかった。
「絶対についてくるからさ」
遊びたいってたしかにユウタ君とショウタ君。
それと応援するためにと同行しそうなリナちゃん、マナちゃん。
その四人を振り切るのは至難の業なんだからって。服装もいかにもお勉強のために出かけてきますってしないといけない。眼鏡にしたのも、プールに眼鏡とは思わないだろうから。目はとても悪くてコンタクトか眼鏡をしてないと走るのなんて絶対に無理。歩くことが少しフラ着きながらも可能っていうレベル。
だから、この格好なら絶対に誰もプールだとは思わない。
「そう、なんだ」
「そうなの! 本当に大変だったんだ!」
「うん」
それはまるでお忍びデート。
「じゃあ、そのままもう少し眼鏡してなよ」
「へ、けど」
「もしかしたら、学校の人もいるかもじゃん」
アイドルと一般人の内緒のデートみたい。
もちろん、アイドル役は公太で。
「それじゃあ、行こう」
眼鏡をかけてて、ローファーで、サラリーマンみたいなズボンに革ベルト、シャツまで着ちゃう完璧スタイル。
これで、夏休み特別夏期講習はばっちりだ。
「あ」
「早く! 公太!」
「……」
ぺたぺたぺたって、俺の足音と。コツコツって、公太の革靴の音。
ラフな俺と、きっちりスタイルな公太。
全然違う二人だけれど、今から夏デートを一日楽しむ二人なんだ。
「うわぁぁぁぁっ!」
すごい人だった。送迎バスもすごかったけど、現地はもっと人が大勢で、更衣室も大混雑。一人分ずつしかスペースがないから、俺は俺で着替えて、公太とは更衣室を出たところで待ち合わせた。
こんなに人がすごいんだ。電車の中の広告パワーで驚いた。
室内は一面にカラフルなハイビスカスが咲き乱れてた。そして、なんともぴったりなハワイアンミュージック。
「公太!」
更衣室で着替えて飛び出したのは俺だけ。
そっか、ごめんごめん。
「ごめん。公太、こっち」
眼鏡してないんだった。裸眼じゃあんまり見えてないから。
「波のプールだよ」
「へ?」
「あ! 波」
「えっ? ぁ、わっぷっ!」
言うのが遅かった。
「わー、びっくりした」
波のプールに入った瞬間、まるで歓迎するかのように大きな波が一つ俺たちに頭から盛大に濡らしてくれた。
「っぷ、あはははは、公太、びっしょりじゃん」
眼鏡してなくてよかったね。してたらこれは一大事だ。一瞬でびしょ濡れになった公太に笑って、余すことなく濡れるように、俺もしっかり手ですくった水を公太めがけてたくさんかけておいた。
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