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第21話 ジンクス、信じます?

 犬みたい。  ほら、あの、一点を見つめてるような横顔がさ、コンビニとかスーパーマーケットとかで飼い主さんが戻ってくるのを待つワンコみたい。  プールだから眼鏡ができなくて、ほぼふわふわしたシルエットなんだろうな。  公太が人口浜辺の中、ぽつんと立ったまま、波の音にだけ反応してる。  その姿がワンコみたい。  本当に目が悪いんだ。たぶん、何が来ても避けられないから座らず立ったままでいるんだと思う。その姿がまた哀愁漂う感じのワンコそのもので。 「公太! 待っ」  こういうとこは来たことがなくて勝手がわからなかったんだ。ビーサンとか履いてたほうがいいのかなって思ったんだけど、むしろ邪魔になるばかりだった。脱いで自分たちの陣地にしたエリアに置いておいてもいいんだけど、もしも心無い人が持って行っちゃったら、俺は素足で帰らないといけなくなる。だから、ロッカーに仕舞いに行ってきた。  人が多くて、この室内プールエリアから階段下りて、右に曲がって左に曲がって、ロッカーへ。それを眼鏡なしの公太とはちょっと大変そうだからって、待っててもらったんだけど。  でもね、本当の理由は違うんだ。  公太をここに置いてけぼりにした理由は。 「柚貴?」  水も滴る、ってやつ。  濡れて、目の悪い公太がしかめっ面をするのがドキドキして。いったん呼吸を整えるためにちょっと小休憩を自発的に挟んだんだけど。 「公太、こっち」  その小休憩の間に、ワンコがまさかのナンパされそうになってた。 「柚貴? どうかした?」  ポーッと飼い主を待っている哀愁漂うイケメンワンコのすぐ後ろで、可愛いビキニの女の子が二人、忍び寄ってきてたし。 「柚貴?」  気がつけよ、バカ。 「? なんで、怒ってんの?」 「……」 「ビーサン、ロッカーに入れたら百円戻って来なかった?」  こんなにカッコいい男子がボーっとしてて捕まらないわけないじゃんか。バカ。 「戻ってきたよ」 「そっか。よかった」 「ナンパ、よくされるの?」 「へ? ぁ、また?」 「またっ?」  またって、言った? またってことは、頻繁にされるの? どんだけ日向男子なの? ナンパなんてさ。  アハハって苦笑い浮かべてる場合じゃないんだけど? なぁ、なぁってば! 「そういつもじゃないって」  でもされてるんじゃん。 「たまたまさっき声かけられたんだ」  今かよっ! じゃあさっきのは二組目なの? 「流れるプールの近くに噴水があるんだって。なんかそこに行きたかったらしくて。けど、俺、場所把握してないからって謝って断ったんだ。道案内」  それは! 道案内っていう名前のナンパだよっ! ほんのちょっと離れて、階段下りて、右に曲がって左に曲がって、ロッカーに行って戻ってきた間になんでそんなにナンパされるんだよ。 「地図、どっかにない? 柚貴」 「地図?」  ちょうど館内マップがあった。指差すと目を細めて、そっちへと歩いていく。流れるプールの場所を覚えて次のナンパの時に教えてあげるとか? 「なんか、その噴水の場所がすごいインスタ映えすんだって」 「ふーん」  目をめちゃくちゃ細めながら公太が一生懸命探してた。でも、流れるプールのところに噴水なんてなくてさ。他の場所にはいくつかそれらしいマークがあった。お化け屋敷の手前にも、スライダーのところにも。それとキッズエリアにもあった。でも、流れるプールのところにそのマークはひとつもなくてさ。 「あと、そこでキスすると幸せになれるんだって」 「ふぅぅぅん」  そんなの体のいいこじつけでしょ。どうせ、それを理由に、公太とキスしようとかさ。そんなジンクスなんて。 「あったら、よかったのになぁ、なんて」  公太がイケメンなのも、日向男子なのもわかってる。すごいモテるのなんて、教室でヒシヒシと感じてた。いつも誰かが公太と話したそうにしてて、いつも誰かが公太の隣で嬉しそうに笑ってた。 「……なんて」  ふわりと微笑む公太に胸が高鳴る。  さっきのがナンパで、公太がナンパされるくらいなのも、人気者なのもわかってるのにさ。  付き合う前までは、「好きだ」と言葉にするまではふわふわと形のなかった感情だったのに、形にしたら途端に、さ。  途端に大きく大きくなったんだ。  こんなんじゃ、夏休み終わって学校始まったらさ、大丈夫かな、俺。 「と、と、とりあえず、プール戻ろ」  彼氏をナンパの魔の手から守ることだけを考えて、手を引っ張ったから。なんか、人の気配のないほうないほうに歩いてた。こんなところに館内マップがあっても誰も見つけられなさそうなへんぴな場所。 「あっち、かな?」  ちょうど秘境めいたその場所に、秘境らしい洞窟があった。シャワーがその洞窟の入り口で雨を降らしてるけれど、立ち入り禁止のマークもない。 「けっこう真っ暗だ。公太、平気?」 「わっ」 「手、ほら」  中は真っ暗だ。照明の明かりを目印に進みながらも、壁に手を付いてないと転びそうなくらいの暗さ。でも距離はそう長くないみたいで、照明はきっとこの洞窟トンネルを半分まで来た辺りにあったみたい。そこにくると、カーブの先に出口の明かりが見えた。 「大丈夫? 公太」 「ン」 「なんだろ、ここ」  手を繋いで、出口の明かりを頼りに。 「わ……ここに繋がってるんだ」  辿り着いたのは流れるプール。 「……めっちゃ冒険チック」 「すげ」  常夏感満載の大きな葉っぱがたくさんあった。それを掻き分けて進むと、流れるプールに出てきた。  キャーっていう悲鳴と一緒に水に浮かんだ人たちが、スーって左から右へと流れていく。 「……もしかして、これ?」 「柚貴?」  その常夏感満載の葉っぱに隠れてた。 「噴水? 的な?」  小さな直径三十センチもないような、まるで自分たちが巨人にでもなったみたいに小さな噴水。俺らの腰くらいの高さがある飾りのついた石柱の上にそれがあった。 「綺麗、虹?」  どうやってるんだろ。プロジェクションマッピング? 優しく吹き上がる水のてっぺんに虹がかかっていた。  屈まないと大きな葉っぱたちが邪魔をして良く見えない。 「あ、すご、公太、ここから見ると……」  葉っぱの中をくぐるようにしゃがんで近づくと、ちょうど、噴水を下から見上げるようになった。虹のかかった背に大きな緑豊かな森を持つ噴水を葉の隙間から眺めているような錯覚。  インスタ映えと、あと、そうだ。 「……」  その噴水のところでキスすると、そのカップルは幸せになれるっていうジンクス、だっけ。 「これ見つけられたの、すげ」  こじつけでも、なんでもいいや。 「うん。けっこう秘境で、すごい」  そのジンクスを思って、俺からもキスをした。しゃがんで、南国風の葉っぱに隠れて、こっそりと恋を願って、目を閉じてそっと彼氏にキスをした。

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