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第22話 欲張りのごうつくばり

「ただいーまぁ」 「おかえりー」  玄関に荷物を下ろすと自然と重たげな溜め息が零れた。  一日中プールにいたから、約八時間? 九時間? くらいぶりに陸上にあがってきただけで、足がずっしり重くなった。 「あれ? あんた、今日一日プールって言ってなかったっけ? 日焼け全然してないじゃん」 「あー、室内プールだったから」  屋外のほうが日向男子がカッコよく見えそうじゃん。流れるプールだけじゃなくて、スライダーとかさ、若者が好きそうなプールは皆屋外だったから、なんか室内に甘んじておりました。  って、それでも小さい子に大人気だったけど。にーちゃん、とかって呼ばれて、小さい子たちと人口浜辺でけっこう遊んでた。そして、そのママさんたちも虜に。まぁ、なんて末恐ろしい子、って感じ。 「お母さん、お風呂入っていい?」 「どうぞー、洗濯物濡れてるのは、洗面所の流しの中に入れておいてよー」 「はーい」  少しフラつきながら、洗濯物は洗濯カゴへ。濡れてるのは流しの中へ。俺は、風呂場へ。 「……」  なんで、水が滴るだけで、あんなにドキドキするんだろ。  頭からシャワーでびしょ濡れになった鏡の中の自分を見つめた。もちろん、ドキドキする要素なんてないよ。自分には。  でも、公太には、した。ドキドキした。  ――柚貴?  それでなくても見えてない公太はしかめっ面になることが多くて、しかめっ面とは? ってふと考え込みたくなるほど、怒ってるようなその表情にドキドキしてた。  高校生なのに、自分と同じ歳なのにセクシーだと思ったんだ。  ナンパもされるだろ。  小さな子どもだって、寄ってたかって状態で大変になるし、ママさんだって、ポワーってなる。 「……」  もちろん、俺だってなるってば。  なんで、あんなにカッコいいの?  動悸息切れがすごくて何度深呼吸したことか。何度「タイムー!」って叫びたかったことか。  ジンクス、本当になればいいなぁ。  ――いいよ。柚貴、疲れたでしょ? 肩、頭乗っければ?  ドキドキした。  ――降りる時俺が言うから。  顔が熱くて仕方なかった。  ――寝とけば?  眠れないけど、寝ないと肩を貸してもらう理由がなくなるから、ぎゅっと目を瞑った。 「……」  彼氏の肩に寄りかかって狸寝入りをした。  肩、大きかった。バスケレギュラーだからなのかな。ゴツゴツしててさ。  ――寝心地悪いかもしんないけど。  悪くないし。心臓には少し悪いかも、だけど。  行きにはしてたレモネードみたいなグレープフルーツの香りは、帰りには自分と同じ塩素の匂いに変わってた。  学校の水泳の授業の時はチラッと見かけるくらい。男子が男子の水着姿じっと見てたら怪しいじゃん。だから、昔から視線はずっと伏せがちだったけど、人がいっぱいいて、裸眼の公太は心配だからじっと見るじゃん。見たら目が合うじゃん。目が合ったら――。  ――柚貴。  考えたらすごいとこでキスをした。葉っぱに隠れていたけれど、それでも誰がいつ来るかもわからないようなとこで、キスを。自分からもしたけど、キスを。 「……」  たくさんした。けどさ。  俺だけなのかな。水も滴る彼氏にどぎまぎして視線を泳がせてるの。  肩に頭預けて、あんな近くにいることに心臓バクバクなのって。そのくらい近くにもっといたい、とかさ。  ごうつくばり、かな。普段のデートじゃキス一つするのがせいぜいなんだ。それこそ、サッとするくらいがせいぜい。この前、プラネタリウムのとこでしたキスはかなりすごくレアだった。  キスだって、普段はそうたくさんできないし。今日のプールみたいにイチャイチャだって。 「……」  図書館とショッピングモール。  プラネタリウムにレジャープール。ワクワクするようなデートが二つ続いちゃったから、なんだか欲張りになっている。もっとがいいって。もっと。 「キス……とか……」 「柚貴―!」 「うわああああああ! なっ、なっ、何っ」  びっくりした。 「……あんた、うるさい」 「ちょ、だから、何!」  キスとか呟いた瞬間にお風呂のとこに来ないでよ。 「電話―」 「は?」 「あんた、これ、壊れてもいいわけ?」 「へ?」 「スーマーホー」 「あっ!」  疲れてボーっとして忘れてた。たぶん鞄の中に入れっぱなしだった。そんでそのまま洗濯物と一緒に洗濯カゴへ。 「電話、鳴ってるよー、デートのお相手かと思ったら男の子だったわー」 「ちょ!」 「公太って子」 「!」  別に今すぐ出なくてもいいんだけど、でも、きっと向こうは向こうで帰ったばかりだと思うんだ。何かあったのかなって。 「は、はい!」 『……ごめん。忙しかった?』 「ううん、全然」 『あのさ、明後日って、暇?』 「え?」 『うち、来ない? その、弟たちが、また柚貴を呼べって』 「!」  図書館も、ショッピングモールも公太となら楽しいよ。おおはしゃぎできちゃうくらいに嬉しい。  けれど、プラネタリウムでした甘さの濃いキスも、裸の君にドキドキしたりヤキモチやいたり、木陰に隠れてキスをし合ったり。それを味わっちゃうとさ。 「行く!」  欲張りになってしまうんだ。  また、もっと、って、キスを、ドキドキを、フワフワした嬉しいのを味わいたいって思ってしまうんだ。 「行きたいです! ハックション!」 『柚貴?』 「ごめ、今、お風呂入ってたから」 『え? ぁ』 「行く! 明日でも明後日でも!」  また元気に返事をしたのと同時、もう、びっくりするくらいに大きなくしゃみが出て、ちょっと気恥ずかしかった。

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