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第26話 ズキズキ

「…………手、痛い」  ただの捻挫、突き指。だけど、かなり痛くて、これは、しばらく立ち直れないかもしれない。  ユウタ君は大丈夫だった。俺と一緒に病院に行ったけれど、病院で公太の叱られるくらいに元気だった。頭にも身体のほうにも異常なし。タンコブもできてない。  俺は……元気じゃなかった。  シップと固定のテーピング。二週間もすればもう大丈夫。 「…………はぁ」  指は、ね。 「……」  公太がめちゃくちゃ心配してくれてた。まぁ、それはそうなる、よね。友だちでもさ。自分が呼んで、弟の鉄棒レッスン頼んで、それで怪我させたら、そりゃ、心配するよね。  それが友だちでも。 「……あー」  ヤダな。すごく悲しい気分だ。  あまりに悲しくて、今にも泣いてしまいそうだったから、病院で診察が終わった後、送るって言ってくれた公太を強めに制して一人で帰ってきた。ユウタ君たちがいるんだからって言ってさ。それでとぼとぼ一人の帰り道で傷心にフラフラで。手のズキズキと相まって、家についてからずっと溜め息しか出せない。  このままベッドに沈んで、めり込んでしまいそうなくらい気分が重い。重くて重くて、悲しくて。  溜め息をまた一つずっしりとしたやつを零したところだった。ベッドヘッドのところに置いておいたスマホのブブブブってけたたましい振動音にびっくりするのすら億劫。  ――ごめん。心配で勝手に来た。あけぼのスポーツクラブのとこ。柚貴んち近いって前に言ってたから。 「は?」  億劫だなぁって、思いながら、なんだかとても重く感じるスマホを取って、ロック画面に表示されたメッセージに飛び上がった。 「ちょ、なんで?」  公太が、あけぼのまで来てるって、え? だって、今日夏休みだよ? ユウタ君たちは? お父さんたち仕事って言ってなかったっけ? だから、今日は公太が面倒みないといけないんじゃ。  ――顔見たら、帰るから、出て来れる? もし、行ってもよかったら、俺が。 「ちょっ!」  ――柚貴んち行くから、教えてもらいたい。 「えっと、ぁ、鍵っ、テテテテ」  咄嗟に利き手で鍵を持って、突き指してるって思い出した。自転車、乗れるかな。けど、歩くと十五分、自転車なら五分で着くからさ。だから――。  自転車漕ぎながら、もしも別れ話だったらってふと不安がよぎった。でも、心配だから顔を見たくてって、さっき書いてあった気がしたから、って思いなおして、緩く続く坂道を上った。 「公っ……」  指は痛かったけど、ただの突き指だしってかまわず自転車を漕いで。 「……」  でも、今、急に痛くなった。  公太と香織が話してるのを見て、ズキズキ、急に痛みが来た。自転車を漕ぐ足が止まるくらいの痛み。  香織と、その次に公太がこっちに気がついて、香織は俺に手を振ってから、公太と少しまた話しをしてその場を離れた。何を話してたのかは俺には聞こえない。きっと他愛のない話だろう。  短期レッスンだったんだね。あー、うん。最近見ないねーって柚貴と話してたんだー。今日は柚貴と待ち合わせ? たしか練習日じゃなかったけど。あー、うん、待ち合わせ。そっか。  ぁ、柚貴だよ?  ――きっと、そんな感じ。  それなのに、痛くなる。不安でズキズキしてくる。 「柚貴! チャリ大丈夫?」 「ん」 「ごめん。心配で」  だって、公太はカッコいいじゃん。女子人気すごいじゃん。あの新体操しか興味ない香織だって公太に告白されたら、ちょっと考え出すかもしれないじゃん。あの中学の時に公太に告白されたのを信じなかった女子なんて、もう絶対に今ならOK しそうじゃん。 「柚貴……」  なんで、俺と付き合ってんの? 「あのさ」  女の子が恋愛対象の公太がなんで、男で、イケメンでもなんでもない、普通の俺なんかを好きになんの? 「考えたんだ」  俺のこと、好き、なの? 「その、ごめん。止められなくて」 「…………」 「……柚貴?」 「…………何を?」  何? 止められなくてって。 「逆上がりのこと?」 「……はい?」 「だって、止められなくてって、逆上がりのことかなって」  他にこの突き指の時、何かあったっけ? 「……や、キスを」 「は? ぇ? いつの?」 「え? うちに、来た時の」 「……」  なんか、意味わかんない。 「言ってただろ。前に付き合った奴と、その、そういうのするってなって、すごいイヤでって」  あ。 「だから、すげぇ、我慢してたんだ。けど、あの時、ごめん、強引に、キスした」 「……」 「だから、その、イヤな気持ちに」 「公太は、俺のこと、今も好き?」 「え? は? 何?」 「あの、中学の子さ、たぶん、公太のこと……好きだよ」  言わなければスルーできるかもしれない。でも、きっとスルーはできないんだ。俺自身がそこにすごくこだわって毎回ズキズキ痛くなるのは目に見えててさ。 「今、告白したらきっと付き合えると思う。それでも」 「柚貴が好きだよ」  あぁ、これは。 「俺も」  笑っちゃうくらいのすれ違い。 「公太が好きだよ」  そりゃもう思いっきり、ヤバいくらいのすれ違い。  あぁ、痛かった。  突き指んとこ、めちゃくちゃ痛かった。 「柚貴」  ズキズキ、すごく痛かったんだ。

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