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第27話 スキスキ

 カラカラ、カラ。自転車のタイヤが回る能天気な音が心地いい。 「俺、柚貴が好きって言ったよね?」  心地いいのは行きと違って焦ってないせいもある。 「うん。けど……不安だったんだ」  女の子が好きだった公太が、男に走る理由も、その男っていうのが俺みたいな普通の奴っていうのもなんだか不思議すぎてさ。摩訶不思議すぎて信じられなくなったんだ。どうしてー? なんでー? って、頭の中でグルグルとハテナマークが躍ってた。 「それと、知らなかったんだけど、ヤキモチやきだったみたい」 「!」  まさか香織相手にモヤるとは思いもしなかった。 「ヤ、ヤキモチ、どんと、どうぞ」 「っぷ」  さすがに突き指したての指で自転車はダメだったらしい。案外本当に胸の痛みとは別件で痛くて、公太が呆れてた。けっこうひどい突き指って言われてただろ? って。でも、それでも胸のほうが痛くてあんまり気にならなかったんだよ。胸の痛みが消えた途端に痛くて仕方なくなったけど。  だから、帰りは自転車を公太に押してもらってた。  歩いたら十五分、自転車だったら五分。  誰も乗せてないと自転車のタイヤが軽やかに嬉しそうにカラカラ音を立てている。 「あ、うち、ここ」 「……」 「自転車、ごめん、そこ、自転車置き場のさ、十二ってあるとこ、置いてもらってもいい?」 「……」 「ありがと」  お互い、そこで沈黙した。自転車はもう大丈夫。そして、我が家。  ここで、上がってく? の一言を言うのは、微妙なんだろうか。親、仕事でいないんだ。とか、仕事終わるの夜だからまだ全然、とか、言ってもいいのだろうか。グルグルと言葉と不安が一緒になって頭の中でかけっこしてる。  ――柚貴が好きだよ。  かけっこがめまぐるしくて、頭の中がわけわかんなくなる。言って大丈夫なのか、ダメなのかとかわからなくなるから、耳に残ったさっきの告白だけを握り締めた。好きって言ってくれた言葉を信じてさ。断られると疑ったりせずに。 「うち、夜まで親いないんだ。もしよければ、あがって、く?」 「……」  公太の沈黙に、また、もっとグルグルぐるぐる。 「あ、あれ! その、リラックスしてていいよーって意味。っていうか、そのユウタ君たちのお迎えの時間とか、大丈夫ならって意味でさ」  意味って、二回連続で言うくらいに意味不明に慌ててた。 「親戚のとこ、だったら、お迎え早めのほうが、いいんだもんね」 「さっきの、話したやつ」 「……」 「怒ってない?」  さっき話したのは、公太が俺を好きでいてくれてて、中学の元同級生女子のことはもうなんともないってこと。それと。 「怒ってないなら、俺、我慢できなくなるかもしんない」 「……い、よ」  それと、キスより先のことを俺がイヤがってるんじゃないかって思われてたこと。 「いいよ」 「……」 「親、いない、し、あっ! けどっ」  言ったほうがいい? 言わないほうがいい? 言うとしらける? っていうか、そんなのいちいち言わない? 「あ、えっと……」 「柚貴?」  でも、好きって言ってくれた。俺のこと。好きって。 「あの、その、持ってない……んだ」 「……」 「その、もし、するんならっ」 「あっ、あっ、持って、る」  持ってるって、あれを? そう思って、パッと顔を上げてしまった。 「ゴム、だろ?」  そしたら、茹ダコみたいな、トマトみたいな公太がいた。 「ぁ、えっと、ローション、とか」 「あ! それは……」  好きって、俺も言ったから。だから、信じて。 「買いに行こうよ。薬局にあるらしいから」  したいって、思ってるってお互いに、信じて。  ビビらずさ。俺は好きな人とキスももっと色々もしたいって思ってる。公太もそう思ってくれてるって、信じて。 「あ、あれ? 開かない」  右手が使えないの、めちゃくちゃ不自由なんですけど。ペットボトルの蓋一つに四苦八苦だ。 「ぐぬぬぬ……」  薬局でローション見つけて、そんで公太が買いに行ってくれた。俺は、近所の薬局だしって、人目を超気にして外の駐車場で一番端のとこで待った。  ――行こ、っか。  そう真っ赤な顔をした公太が小さな黒い手提げビニール袋を自分のポケットに突っ込んで。  ――うん。  花壇の端っこにちょこんと座ってた俺は真っ赤になりながら頷いた。 「ごめん。公太、ペットボトルの蓋、開けてもらってもいい?」 「! ごめっ、気がつかなかった」  公太は部屋の真ん中、夏仕様のゴザの上に座って部屋をぐるりと見渡してる最中だった。俺の頼みに慌てて立ち上がって、片手で持っていたペットボトルを受け取ってくれる。 「ありがと」 「どういたしまして」  あ、レモネード。  近くに来て、ふわりと鼻先に柑橘系の爽やかな香り。公太がつけてるこの匂いはさ、俺にとって、ちょっと刺激的っていうか、特別っていうか。 「この匂い、好き」 「? あ、あぁ、ありがと」 「……キス、の」  キスの味みたいでドキドキするって、言いたかったんだけど。 「……ン、ぁっ……ンくっ、ん」  キスで舌伸ばすのに忙しくて言えなかった。 「ン、んっ……んふっ……ン」  くちゅ、なんて音がするようなキス、角度を変えて、息継ぎみたいに大きく唇を開くと、ツーって唾液が伝っちゃうようなキス。 「ごめん。その、がっついてるの、とか、はさすがに、引く?」  そのキスが終わっちゃった後、腰を引き寄せられて、額同士をこつんってされた。  これさ。 「引かない、よ」  これ、当たっちゃう。 「だって、俺、ずっと、その、したかったし」  反応してるの、わかっちゃう。 「公太はやっぱ男の俺とじゃ、キスより先のことは、無理なのかもって思って、そんな時に中学の子に会ったりしたから、不安になった。可愛いかったし。公太のこと好きっぽかったし。その、やっぱ、女の子としたいのかもって」  当たっちゃうからさ。 「……あのさ……あんま、煽らないで柚貴」  硬くなってるのが。 「我慢ずっとしてたから、すげ、きつい」  公太の硬いのが当たっちゃう。 「ヤだって言ってたから。ゆっくり進めないと引かれるって。けど、全然セーブできなくて、うちに来た時とかめちゃくちゃ我慢してたんだ。弟たちがいれば歯止め効くかと思ったけど、それもあんまで」 「……え?」 「プールの時もわざと眼鏡で行った。そしたら、柚貴の裸もぼんやりだろうから、その」 「あっン……」  当たっちゃうから、声、出ちゃったじゃん。 「って、わっごめん。すごい変な声、出た」  何今の声。変だった。なんかめちゃくちゃ甘ったれた感じの鼻にかかった変な声だった。自分の声じゃないみたい。男なのに、あんなのとか、マジで変すぎて。 「変じゃない」  なかったことにしたい。 「え?」 「すげ、可愛い声だったし、変じゃない、よ」  けど、なかったことにしたくなくなった。 「かわっ、……ン、んん」  可愛いわけないじゃん。だって、ほら。 「あっ……んんんっ」  公太の硬いの押し付けられてさ、俺も反応しちゃってたから。だって、俺はふわふわ可愛い女の子じゃなくて。キスに興奮したらそこが硬くなっちゃうような。  ホント、そこら辺にいる普通の男だから。 「やっぱ、めちゃくちゃ可愛い」  変な声だけど、でも、公太がそう言ってくれるから、やっぱなかったことにしたく、なくなった。 「あっ……ンっ」

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