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第30話 口移し、っていうやつは

「ぁ、はっ、ぁ……」  そうだ。最初は受ける側はあんまイけなかったりするって、ネットに書いてあったっけ。それ、ホントなのかな。 「柚、貴……」 「ン」  俺は――。 「めっちゃ、イっちゃった」 「柚……」 「ちょー……気持ち、よかった」 「……」  二人して息がめちゃくちゃ上がってた。はぁ、はぁ、って音がすごくて、まるでマジダッシュした直後みたい。タンマ、って言いたくなるくらいにゼーハーしてて、なんでか疾走感すごくてさ。ドクドク騒がしい心臓に、すごい格好をした自分、それと自分の腹のとこになんか飛び散ったそれとか、あれとか、あんなのとか。恥ずかしいのと、嬉しいのと、それと。 「柚貴」 「ン……」  それと、公太のことがすごく好きっていうのがごちゃごちゃになって、ぎゅって一つになって、心臓のとこで一緒になって騒いでる。それと、キスが、甘かった。ずるりと抜けていく公太を感じながらするキスが甘くて愛しくて、内側からトロトロにとろけていきそう。 「どこも痛くない?」 「ん、平気」 「あ、お茶」  ベッドから降りる公太につられて起き上がろうとしたんだけど。 「ぅわっ」 「柚貴っ」  案外、クタクタしてて、よろけてベッドから転がり落ちそうだった。咄嗟に公太が手を差し伸べてくれて、ダサいことにはならずに済んだけれど。 「ごめんっ、その俺、加減がっ柚貴」 「あー、あはは、なんか、びっくりした。すご、腰とか腕とか力入らない」  うわ、なんだこれって、少しさ、驚いた。  ぎゅって、公太の腕に掴まると、公太もぎゅっと俺を抱き締めてくれた。そして、耳元ですごく心配そうな声が病院に行ったほうがよかったら、自分が説明するから、とか言い出して。慌てて、違うからって否定した。そういうのじゃないから。これは。 「これは、あれ……その、めちゃくちゃ気持ちよかったから」 「柚貴」 「ホント、痛くないし、どこもそういう意味では変じゃないよ」 「けどっ…………」  抱き締めてくれる手を取って、自分の、そこに引っ張った。孔のとこをちょっとだけ。 「傷とか、ないよ?」  指、血とか付いてないでしょ? 「平気、けど」 「……」 「なんか、まだ公太が中にいるみたいな感じがしてドキドキする」  指、ちょっと触れただけなのに。中がまだ公太の形だからなのかな。直後だからさ。ちょん、って触れただけで、思い出して蕩けるんだ。 「柚貴」 「ん」 「柚貴」 「っ、うん」  名前を呼びながら、唇に、膝小僧に、それに心臓のとこにキスをされて、なんか、ダメかも。 「柚貴…………」  ぴたりとキスが止んじゃって、公太がぐっと何かを堪える顔をしてた。我慢してるのが丸わかりの、ちょっと頑張ってる顔。 「公太、喉、渇いた」 「! ぁ、ごめっ」 「口移しで飲ませて」 「え? あ、これ?」  うん。そう、それ。公太が飲ませて。だって、ほら、手がさ、エッチなことはできたけど、でも、右手上手く使えないし、腕に力入らないし、でかいペットボトル片手に持ってゴキュゴキュお茶の一気飲みとかちょっとしんどいんだよ。  そう言ったら、飲ませてくれるでしょ? 口移しでさ。 「っン、ぁ、もっと」  そんな口移しでお茶をもらうってしたらさ、キスになるかなって。浅はかだけど考えたりして。 「ん、んく……」 「柚貴」 「もっと……」  それを何度か繰り返してみたけど、なんというかさ。 「「……」」  二人して少し微妙っていうか。あんま漫画やドラマみたいに劇的な衝動は巻き起こらないんだね。知らなかった。 「……っぷ」 「ちょ、柚貴」 「だって、だってさ、ちょっとなんだもん」 「そ、そりゃっ」  慌てながらも、ほら、公太だって笑ってんじゃん。絶対にそう思ってたじゃん。でも、考えたらそうだよ。口移しって、公太の口の中の分しかもらえないんだからさ、そんなのたくさんなわけなくて。リアル口移しは劇的な潤いにはちっともならないんだけど。 「はー、笑った。なんか、これ、リアルでやると飲み足りないね」 「え? あぁ、そう? 俺、飲ませてる側だから、あんま」 「うん。足りない、だからさ」  もっと飲ませてよって、口移しをせがむようにキスをした。唇に吸い付いて雛にでもなったみたいに、そこを突付くんだ。 「コ、コップを」 「いいよ。公太がくれるから」  立ち上がりかけた公太を掴んで引っ張って。よろけた公太は負傷した俺の右手を押し潰してしまわないようにって、体勢を崩して、俺の上に乗っかった。 「ン……」 「ごめ、重……」 「痛いとこないってば」 「……」  擦り寄って、キスをねだる。平気だってば。 「まだ、時間も平気だから、ユウタ君たちは?」 「へ……き、その、親戚んちで飯食べさせてもらうって前からなってた、から」 「そっか。じゃあ」  脚を公太の腰に巻きつける。 「柚貴……」 「ぁっ……ン」  口移しで飲ませてもらうのは案外そんなにたくさん飲ませてもらえないって知った。それと――。 「ぁ、あぁっ」  エッチ直後の二回目はまだ身体がふわふわな心地だからか敏感で、すごく気持ち良くて、恥ずかしいとかも溶けるくらいに熱くてトロトロだった。 「それじゃ、俺」 「うん……また」  結局、夜まで一緒にいた。 「また、柚貴……その」  だって、ずっと一緒にいたかったから。イチャイチャしながら、なんかぐちゃぐちゃにしちゃったバスタオルを洗って干したりなんかしつつ、そのタオルにすら赤面したりして。そんな小さなことでお互いに「初」を噛み締めたりなんかして。 「その」 「ね、公太、明後日、空いてる?」 「え?」 「明後日、うちの親、たしか飲み会って言ってたから、その、ユウタ君たちとか、平気なら」 「あ……た、たぶん、大丈夫」 「あ、マジで? そしたら、うち、来ない?」  変だったかな。親いないからうちにおいでよって、なんか変だった? あらかさまだった? 誘ってる感すごかった? 今日したのに、そんなすぐにしたいわけとか、思われたり。 「うん。是非」  そんなことを急に不安に思ったけど、でも、不安になんてなる必要なかったんだ。ほら、素直に頷いてくれる。そんなことに胸のとこがさキュンってして、そんで感動すらしてしまった。 「あ、あとさ、今日、柚貴のお父さんかお母さんって何時くらいになる?」 「? なんで? あ、まだ平気なら」 「あー、一回帰るよ。一回っつうか。そんで、電話する。自宅に」 「?」 「手のこと、謝んないと」  いいよって、慌てて断ったんだ。俺がボーっとしててやった突き指だし、ただの突き指なんだしって。けど、ふわりと頬を撫でられて、ふわりと微笑まれて。 「そういうわけにはいかないからさ。また、後で電話、する」  すごく大事にされてる感がその手から伝わって、照れくさいよ。ただただ俺を大事にしてくれる公太に暴れ出したくなるよ。 「それじゃ、また」 「あ、うん、また、明後日」 「……明後日」  玄関先でいいって言う公太をその玄関ギリギリのとこまで見送って手を振った。「また、バイバイ」って名残惜しんで。  その後、お母さんが帰ってきてすぐくらいだった。うちの家の電話が鳴って、お母さんが電話に出ると、チラリと俺を見た。 「あ、はい。本人から聞いて……えぇ……いいのよ。全然。突き指くらいどうってことないし。いえいえ……えぇ、そんな! おかまいなく。本当に気にしなくて……えぇ、こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます。はい……はい、はい……失礼します」  公太からの電話だ。  電話を切って、丁寧で礼儀正しい子だって公太のことを褒めるお母さんに、胸のうちでたくさん自慢をした。  自慢の彼氏なんだって、自慢を胸のうちでだけしていた。

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