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第31話 良いタイミング、悪いタイミング

 飲み会に行くっつってなかったっけ? 今日、会社の納涼会があるから帰りが遅くなるって。ビアガーデンは暑いから苦手だって言ってなかったっけ? 「へぇ、酒井君はバスケ部なんだ」 「はい」 「背高いもんねぇ」 「いえ」  なんで、帰ってくんの。めちゃくちゃ、めちゃくちゃ、悪いタイミングでなんで帰ってくるんだよ。  たーだーいまー。  じゃないよ。全然只今お取り込み中だったよ。  今日は公太のお父さんが仕事休みだから、本当に良いタイミングだったのに。  ――ぁ、公太っ、それ、ヤバい。  ――ここ? 好きなんだ。  ――ン、好き。  まだ挿れる前だったのはよかったけど。って言っても、それは、すごい悪いタイミングだけど、その悪いタイミングの中での最悪、ではなかったってだけ。  すごいエロい感じだったのに。  うちに来て、突き指はどうだって訊かれて、もう大丈夫って答えて、振り向いたらキスが待ってた。抱き上げられて、吸い付かれて、舌がすぐに口の中で絡まり合ってさ、めちゃくちゃ、それだけでテンション上がったのに。  ――ぁ、なんか、公太。  ――ごめん、。がっついた。  もうその時点で公太のが硬くなってたのが、すごい、なんかクルものがあったのに。暴くように服捲られて、乳首にキスされて、そのまま服の上からあそこを撫でられただけで。  ――あっ、ああっ。  ビクンってしたし。直に握られたら、たまらなくて、腰とか振っちゃいそうで堪えてたくらい。  ――俺の、柚貴が扱いて。  公太のは俺がって思ったのに。  ――たーだーいまー。  そのタイミングで帰って来るとかさ! 本当にもう。 「でも、本当に別に気にしなくてよかったのに」 「いえ」 「お菓子までいただいちゃって」 「いえ!」  さては、お菓子の気配を感じたとか?  お母さんはせっかくだからと三人で食べた夕食後のデザートにと、そのいただいたばかりのアイスを出しにキッチンへと向かった。 「ふくれっ面……」 「仕方ないじゃん」  そこでそんなカッコよく笑うなよ。日向男子め。そりゃふくれっ面にもなるじゃん。健全な男子高校生にとっては中断とかすごい悶々するんだから。  その時、キッチンのほうからアイスへの歓喜の声が聞こえた。 「やだー! 酒井君! すごい! 美味しそうなアイスありがとうねぇ!」 「地元でけっこう人気なんです。牧場から直営らしくて」 「もー、ホント、突き指なんてたいしたことないのにぃ。夏に体操の大会あるんだけど、別に突き指くらいどうってことないし」  そこで、一瞬、「あ」って思った。  言ってないんだ。毎年出場してる器械体操の大会。今年は出ないことにしたって、まだ、言ってない。 「あれ? そういえば、大会の参加費の振込み用紙、あんた持って帰ってきた?」  クラブのほうに参加の届けは出してないから、もちろん参加費なんてものもかかってこない。 「あー、うん……まぁ、あ、お母さん、俺ら、部屋で食べてもいい?」 「どうぞー。味どれにする?」 「公太は?」 「いや、俺は全然」  なんでだよ。美味しいんならもったいないじゃん。だから、俺の好みでチョコとバニラにした。お母さんは苺がご所望だったらしく、鼻歌混じりにカップを一つ手に取った。 「行こ。公太」 「……ぁ、あぁ」  俺につられて公太も立ち上がり、手に持つとひんやり感が心地良いバニラとチョコのカップを一つずつ強奪した。  こんなに買わなくて大丈夫だったのにって、言うと、ユウタ君たちが選んだものだからたくさんになったんだって笑ってた。 「大会、出ないの?」 「あー、うん……今のとこ、ね」 「……」  毎年出てたから、お母さんは出るもんだと思ってるみたいだった。でもさ、普通に考えて高校二年だよ? 香織ほどレベルが高いわけじゃないし、もちろん、オリンピックなんてとんでもないレベルだし。香織は全国強化選手枠に入れるかもってとこだからさ、受験も頑張りつつ新体操だって、そりゃもったいないから頑張るだろうけど。でも、俺は、そんなにすごいわけじゃないから。 「受験あるし」 「……」 「二兎追う者は一兎も、でしょ」 「……」 「アイスいただく! めっちゃ楽しみ! あ、はんぶんこしよ。とりあえず、俺バニラ」  やっぱりここは王道のバニラでしょ。そして、カップの蓋をあけて、クリーム色をしたアイスに混ざる小さな黒い粒に胸が躍った。バニラビーンズ、これは絶対に美味い。もう確定。  俺の部屋にはソファなんて気の利いたものはなくて、腰を下ろすとしたら、ラグの上かベッドくらい。俺がベッドの上に胡坐で座ってるから、公太もベッドの端にちょこんって座ってた。 「うっま!」 「よかった」 「何これ、めっちゃうま!」 「だろ? バニラはマナとリナがいつも食べてる」  ユウタ君は意外にも苺が好きで、ショウタ君はチョコと抹茶の混ぜたのが好きなんだって。でも今回はツートーンのアイスカップじゃないのに。また今度の機会にっていうから、じゃあ、今度は皆で食べに行こう、その場で夏に食べたら絶対にめちゃくちゃ美味しいよ。 「今日も、柚貴に会うって言ったら羨ましがってた。とくにマナが」 「え? そうなの?」 「俺のライバルだったりして」 「アハハ、逆だよ、俺がマナちゃんのライバル」  ハテナマークだもんな。日向男子でモテ男子のくせに、けっこう女心をわかってないって、最近気がついた。あの中学の同級生だった女子だって、絶対に当時、俺がその場にいたら、あーすれ違ったってわかる気がする。だから、つまり今現在だって、公太に気がある女子のことを本人がどんだけ把握できてるんだか。 「俺が公太のこと好きだから、大好きなお兄ちゃん盗られちゃうって、警戒されてたし」 「……」 「あ、そうだ。チョコは? どんな味……し……て」  ドキってした。 「バニラ、付いてる」 「!」  絶妙なタイミングで口から零れたバニラアイス。  目が合って、その視線がなんかしっとりしてたから、口開けちゃうくらいにドキってして、零れたバニラを公太の指が拭ってくれた。  拭って、それを舐めたちゃったりするから、また余計に、ドキってする。 「チョコは、こんな味」 「! っ……ンっ」  ドキって、止まるかと。心臓が。 「んふっ……ふ、ぁっ」  口移しでチョコアイスを食べさせてもらったりなんかしたら、さ。 「ぁ、美味い……」  少し苦かった。舌先から溶けながら流し込まれるチョコアイスにゾクゾクする。舌を伝って、喉奥に届くくらいにはもう香りしか残ってない。ほろにが本格的チョコアイスって感じだった。大人の味って思った。 「公太、こっちも食べる?」  バニラだよ。白くて、優しい甘さの中に、黒いバニラビーンズの刺激的な香りがすごい良い感じで。 「美味しい?」 「めちゃくちゃ、美味い」  そう言って、抱き締められながら深く口付けされた頃にはもう、バニラアイスなんてあとかたもなく溶けて消えてた。それでも美味いって言われて、喉奥から甘い刺激的な香りが鼻先まで込み上げてくるように感じた。

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