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第32話 ヒーイズ、マイティーチャー
高校二年、早い人は、ぁ、いや、初っ端から人生の道筋を決めている人以外の中での話。つまり、ふわっと中学から行ける高校へ入って、ふわっと進んできた人達の、中で早い人はもう塾とか行ってたりもする。
俺はまだ行ってない。
でもクラスメイトの井上は行くって言ってたっけ。すごい勉強漬けになるから、夏休み良い具合に塩気が利いた漬物になってるって言ってた。だからゲームのオンラインには誘ってくれるなって、しょんぼりしてた。
公太は、行くのかな。塾とか。行かないんだろうなぁ。だって勉強できるし。スポーツできるし、モテるし。
――え? 何? 大会、出ないの?
お母さんには公太が帰った後に話した。少しびっくりしてた。大会はうちのスポーツクラブのだから参加の有無はけっこうギリギリまで受け付けてくれる。いつもはもらってすぐに出してたんだ。そこと冬にもあるんだけど、二回、いつも出場してた。
――それ、突き指なんでしょ?
十日もあれば治るって。大体一週間は無理しないように。でもかなり酷い突き指だったから、しっかり治すのなら痛みが取れても少し用心しておくようにって言われた。スポーツとかしてもいいけど、無理に動かすとクセになることもあるから気をつけなさいって。
この突き指が治った頃に大会の受付が終わる。
そんで、夏の終わりには大会がある。
怪我のせいじゃなく、受験もあるから出ないことにしたんだって言ったら、お母さんはじっとこっちを見た後「そう」と答えて、肩をわずかにすくめて見せた。
けど、ほら、もう器械体操とかやってる場合じゃないだろ?
公太くらいに頭が良かったらいいけど、そうじゃないんだから。器械体操はとりあえず辞めて、そんで勉強モードに頭を切り替えて、受験とかのことももちろん考えて、それで、どこかの大学入って、経済とか学んで、どこかに就職。
そういうの考え始めないといけない時期なんだからさ。
「え? 勉強、教えてくれるの?」
「あぁ、あんま無理しちゃダメだろ? その手」
「……え、ぁ、うん」
「だから外デートはとりあえずなしにして、うちデート」
うちデート、だって。
どっちかのうちでエアコンのある部屋で勉強したりして、ふたりっきりで……仲良く。
「あ、けど、もちろん、柚貴が暇な時に、他の山下とかとも約束あるだろうし」
「ないよっ!」
思わず身を乗り出してて、ファストフード店内がシンと静まり返ってしまった。
だって、楽しそうじゃん。そういうの。付き合ってる感じがするし。その、やっぱせっかくすれ違いがなくなって、さぁこれからもっと色々近くにって思ってたタイミングでの提案なんて、大歓迎に決ってる。
男の俺と付き合ったこと後悔してるのかなっていう不安と、キス以上のことをしたらきっと嫌な気分にさせてしまうだろうっていう心配がなくなったんだから。だから、そんな目を丸くした後、笑うなよ。
「真っ赤」
「だって……」
「じゃあ、そうしよ?」
「うん」
「声、ちっさ」
小さくもなるさ。店内に普通にこだましたんだから。
「……けど、山下たちと予定ないの?」
「んー、夏期講習で漬物になってる」
「漬物?」
公太がぽかんとしてた。さっきまで昼飯を食べていたファストフード店から移動して、わざわざ公太んちへ。最初のプランでは昼飯後に、いつものうちの近くにある図書館で勉強会の予定だった。エアコン効いてるし、飲食は個室の中では厳禁だけれど、図書館の中にある休憩スペースでなら食べても飲んでも大丈夫だから。それこそ司書さんに常連として覚えられそうなくらい、利用させてもらってたんだけど。
今日は、あえての公太のうちへ。
「そ、漬物。勉強、ハンパなくさせられるんだってさ」
勉強を教えてもらうだけなら別に図書館でも充分。わざわざそこから電車に乗って移動した。公太にしてみたら、昼飯にハンバーガーを食べるためだけに電車に乗ったようなものだ。
「だから漬物になってる。九月にはしょっぱい山下のできあがり」
うちも公太のうちも親は共働き。けど今日はうちの親が振り替え休日とかで家にいる。公太のうちは両親は仕事、ユウタ君たちは学校と保育園へ。つまり。
「あ、公太、ここどうやって解くの?」
「ん? あぁ、これは、ここで文章切って読んでみ?」
つまり、平日の日中、今現在は、二人っきり。
公太は英語が本当に得意で、俺は英語がとても苦手だから教えてもらってる。数学も苦手、社会とかは現代になってくればくるほど覚えてなかったり。国語は……まだマシかな。
「彼は夢を叶えるために努力をするだろう、で合ってる?」
「んー、たぶん、それだとバツになる。ここは、彼は努力をして夢を叶えるだ……ろ……」
つまり、二人っきり。
「……ぁ……えっと、努力をして、夢を叶えるだろう、か、なるほど。なるほどねぇ」
「……柚貴」
「は、ぃ」
図書館でも勉強はできるけど、キスは図書館じゃできないから、なんちゃって。
「今日、夕飯、食べてく?」
「え? あ、けど」
「ユウタたちが会いたがってる」
「あは、なんか人気者みたいな」
「……あと、俺が一緒にいたい」
トクトク、トクン。
「少し、その、休憩、しない? 柚貴」
「ぁ……う、ん」
パタン。分厚い英語の辞書を閉じる音がして、俺も目を閉じた。
「ン、ぁっ……ぁ」
首筋にキスされた。大丈夫かな。汗かいてないかな。電車の中、暑かったから。
「ぁ、あっン」
思わず零れた変な声が気恥ずかしくて、ベッドを背もたれにしてた俺はぎゅって、公太にしがみついた。俺、汗臭くない? って、訊いたら、脱ぐ気満々すぎる? 期待してる感がすごすぎる?
「あ、公太っ、ぁ」
「英語」
「?」
エッチすんのかなって、期待しちゃってるって。
「後でちゃんと教えるから」
「ぁ、あっ」
「声、出して平気。まだ、全然誰も帰って来ない時間だから」
「ぁ、うンっ……ぁ、ひゃ、ぁ、ぁっ」
期待しちゃってるって、伝わっちゃった。
「んんっ、ぁ、ダメっ、こ、たっ」
公太の手が忍び込んできたズボンの中、下着の中、もうちゃんと期待に張り詰めたそこを掌で包み込まれて、知られてしまったけど。
「ぁ、公太、の、熱いっ」
「柚貴っ」
でも、公太のも期待に膨らんで張り詰めてたから。
「公太、ぁ……ン」
一緒で、照れくさくて嬉しくて、気恥ずかしいから、赤い顔がぼやけるくらいに近づいて、近づいて、ついには唇同士がくっついた。
「えー? なんで、これ一緒じゃん。意味」
「ちょっと違うんだ。だから翻訳っていう意味だったらバツになる。これがコミュニケーションクラスだったらOKだけど」
彼は夢を叶えるために努力をするだろう。
彼は努力をして夢を叶えるだろう。
「結果は似てるけどね」
「ふーん、公太は、そっかコミュクラス取ってんだっけ」
「そ、柚貴は数学だろ?」
「うん。めっちゃわかんないけどね」
英語よりかはまだいいからって思ったんだけど。
「器械体操クラスとかあったらよかったのになぁ」
「……」
「なんちゃって、受験に全然関係ないしね。えっと、そしたら次は……あ、これも意味わかんなかった」
まだ、実は裸。
「あぁ、それは」
エッチして、そんでイチャイチャしながら、ぁ、ヤバい英語やってないんじゃんって、ゴロゴロしながら教えてもらってる。
「これはさ」
裸の俺がうつ伏せで寝そべって、公太の枕を抱えながら問題集を拡げてた。公太はそんな俺の横に寝そべって、少し覆いかぶさるように上から同じ問題集を見て教えてくれてる。
「なるほど、そうやって文章を細かくするのか」
「そう、そしたらわかりやすいだろ? 文章を切る場所だけ気をつければ……」
器械体操やってるから、身体の柔らかさは自信があるんだ。
背中を反らせて腰まで反らせて、背後にいる俺の専属先生にキスをした。
「教えてくれて、ありがと」
さすがにディープキスは難しいよ。ただ触れるだけのキスだけど。でも、思わぬタイミングで触れたキスに公太は豆鉄砲を食らった鳩だ。
ねぇ、先生。これも翻訳とかならバツになる?
豆鉄砲を食らった鳩と、鳩が豆鉄砲を食らった、っていうのは同じ? ねぇ、公太先生。
「ちょー……柚貴、だから、煽るのは」
「煽ってないし。ね? 公太センセ」
「! だぁかぁらっ!」
「ちょ、あはっ、あはははは、ダメ、俺、くすぐったいのダメだから、突き指! してるって、あはははは」
さすがバスケ部。腕力はちょっと敵いそうもなくて俺はそのカッコいい唇に柔く噛み付いて、必死の抵抗を試みた。
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